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21世紀はどんな時代か? .ーワードは『Neutralニュートラル』

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     子供の頃、漫画の世界に夢見ていた21世紀という“明るい未来”も実際に10年近く経ってみれば現実となって淡々と過ぎていく日々の積み重ねである。この淡々と積み重なっていく『21世紀はどんな時代か?』と問われたらどんな答えが出てくるだろうか? そして22世紀はどんな時代になるのだろうか?

     私は21世紀のキーワードは『Neutral ニュートラル』、すなわちあらゆるものを『ニュートラルな位置に戻す時代』だと確信している。しかしはたしてニュートラルな位置とはどこなのか?そんな位置は存在するのか?答えのない禅問答になることを覚悟で問い続けてみようと思う。

     人間はここ数十年いろいろな意味で“無理”や“無駄”をしてきた。環境問題やエネルギー問題、食糧問題を無意味に煽るような事は好きではないのだが、これらの問題は人間のここ数十年の“無理”と“無駄”が引き起こした事態であることは確かである。

     日本におけるエネルギー消費はここ50年で10倍になっている。石川英輔の『江戸と現代 0と10万キロカロリーの世界』では書名の通り、江戸時代のエネルギー消費量が0だったのに対して、現代は10万キロカロリーを消費している事実から両時代を比較し、我々は10万倍幸せになったのだろうか?と問う。
    0 キロカロリーの江戸時代
    1万キロカロリーの昭和30年(1955年)
    5万キロカロリーの昭和45年(1970年)
    10万キロカロリーの現代
                (化石燃料ベースの数字)
       石川英輔『江戸と現代 0と10万キロカロリーの世界』より
     文明が発展し、豊かな現代生活を享受している我々に豊かさを否定できる権利はない。唯一できるのは、ただひたすらに求めてきた豊かさをもう一度見直し、我々人間にとって『ニュートラル』な状態とはなにか?そして『ニュートラル』な位置とはどこなのか?を問い続けることである。

     ここでいう『ニュートラル』は、『サスティナビリティ(=持続可能性)』とも意味合いが違うものである。『サスティナビリティ』は永続的な発展をベースにしている考え方であり、極論してしまうと環境問題やエネルギー問題がクリアできればさらに発展を目指すというスタンスである。

     それに対してここでいう『Neutralニュートラル』というのは、持続可能性は最低限のノルマであり、無闇な発展がベースになっているのではない。ベースにあるのは生物としての人間にとって最適な状態、言い換えれば一番“自然な状態”があり得るのだろうか?という大上段に構えた問いである。

     ここでなぜ『Natureネイチャー』ではなく、『Neutralニュートラル』としたのかを書いておきたい。本来であれば『Neutral Nature』とでも言いたいところなのだが、『Nature自然』とストレートに出してしまうと、「Return to Nature 自然に帰れ」と言うように、単純な“自然回帰思想”になってしまい、だんだんと私の意図から外れていってしまう。基本的に“自然回帰”とは“科学技術”とは相容れないところに存在する。世界人口が数億人程度ならまだ“自然回帰”の可能性はあるかもしれない。“自然回帰”の程度の差こそあれ、現代社会はもはや自然回帰と一言で言ってそれに倣えるような状況ではないのだ。私が考える『Neutralニュートラル』思想に置いては“科学”のチカラは必要になってくる。むしろ最大限に活用しなくてはならない。“科学技術”をどう使うのか?そのための思想を何処に求めるのか?これこそが我々の前に提示されている大きな課題である。

     そしてもうひとつ、老荘思想に“無為自然”という思想がある。
    老荘思想の基本的立場を表した語。人為的な行為を排し、宇宙のあり方に従って自然のままであること。   三省堂 国語辞典より
    “無為自然”も思想的には私の言う『Neutralニュートラル』と近いのだが、江戸時代よりも遙か昔の老荘時代(紀元前3-5世紀)は当然“持続可能”な社会であり、現代のように“持続可能性”について考えなくてはいけない社会が到来することなど想像も付かなかっただろう。そう考えると、思想的には“無為自然”の持つ奥深い意味を持ちながらも、そのまま現代に当てはめる事には無理が生じるので『ニュートラル』という言葉使っているのだが、他にいい言葉があれば是非ご教授願いたい。

     かなり抽象的な説明になってしまったが、次回はわかりやすく、より生活に根ざした視点から『ニュートラルな位置に戻す時代』を考えてみたい。

                      (加筆・修正 08.11.01)

    (21世紀はどんな時代か?◆ 繊慇己としての人間の本質』を求めて へ続く)



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