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“媚び”と“恥じらい” 〜日本人の美意識はどこへむかうのか?

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     過熱気味のミスユニバース報道もそろそろ一段落してきたが、メディアの報道、ネットでの書き込みからみる視聴者の理解には、このコンテストの現実との大きな隔離があるように思えてならない。そのうちの一つはミスユニバースの選考基準についての理解である。いまだにミスコンというと、外見的な美しさだけというイメージが先行し、実際の選考基準とは違ったところで、美的な要素だけがクローズアップされてしまっている。コンテストの表に出てくる部分はルックス的な部分がほとんどであり、間違った理解とは言えないが、実はルックスとともにコンテストの審査には人間性も大きな割合を占めているという。 
     広報担当のエスセール・スワンさんによると、水着審査で健康的な肉体、ドレス審査で着こなしと表現力、面接で内面の美しさが審査される。「(全世界の女性が)手本とすべき女性」を探しており、審査基準は55年間変わっていないという。
     ミス・ユニバースの特徴の一つは普段の生活態度、特に人との接し方が観察されていることにある。審査会は1日だけだが、各国の代表はほぼ1カ月前に開催 国に入る。今年の場合、77人の美女たちは5月2日にメキシコに結集し、審査会当日の28日まで各地で現地住民と交流したり、HIV(エイズ・ウイルス) 撲滅のチャリティー・オークションに参加した。初対面の人ともうまくコミュニケーションできるか、疲れた時でも積極的でいられるか、が試されているという のだ。・・・ 世界一の美女に選ばれるには、スタイルや表情の美しさに加え、考えを主張する積極性や他人と友好関係を作る能力なども求められるようだ。【引用元リンク】

     本来“美”は時代や文化に依存し絶対的なものではないので、 “美”をインターナショナルに審査するこうしたコンテストは必ずしも理にかなったものではない。商業的なイベント性が押し出され、ミス・ユニバースの他にもミス・ワールド、ミス・インターナショナルといった同様のイベントも、それぞれの主催国の好みに寄った人が選ばれているという批判もある。

      ミス・ユニバース=アメリカがスポンサー=アメリカ人好み
      ミス・ワールド=ヨーロッパがスポンサー=ヨーロッパ人好み
      ミス・インターナショナル=日本がスポンサー=日本人好み


     しかしこうした選考基準と実際に受賞した彼女たちの立ち振る舞いから読み取れるのは「(全世界の女性が)手本とすべき女性」が、日本でもてはやされている理想の女性像とかなりかけ離れているのではないかということだ。一昔前は“恥じらい”が日本女性の一つの特徴として言われてきたが、時代の変化とともに“恥じらい”という美意識は次第に変化してきた。否定する人もかなりいるだろうが、その一つのキーワードが“媚び”なのではないかと思っている。
    媚びる(こびる)
    (1)気に入られるように振る舞う。相手の機嫌をとる。へつらう。
    「上役に―・びる」「権力に―・びる」
    (2)女が男の気をひくために、なまめかしい態度をとる。

    媚び諂う(こびへつらう)
    お世辞を言ったり機嫌をとったりして、相手に気に入られるように振る舞う。追従(ついしよう)する。
    「上司には―・い、部下には威張り散らす」 
                     【三省堂 国語辞典】より

     たとえば雑誌やTVで引っ張りだこのエビちゃんを嫌いだという男性は、その理由を“媚び”だという。おそらく自称エビちゃんOL達にはそうした意識はないのだろう。あったとしてもそれを肯定的に見ているはずである。そうでなければ“小悪魔”や“モテ〜”などという言葉がこれだけもてはやされることはない。さらに一昔前は“ぶりっこ”と言われていた行為が、今は“カワイイ”行為になったりしている不思議は時代の変化の綾としか言いようがないが男性諸君はどう思っているのだろう?自称エビちゃんOL達は否定するかもしれないが、“媚び”や“ぶりっこ”が一般化してしまうのも、美意識の変化と言ったらそれまでだ。しかし、それをもてはやすメディアと男性の美意識の反映であることは確かである。
     “恥じらい”は日本の美意識と言われてきたが、“恥じらい”=自尊心の欠如では決してない。
    自尊心:自分の人格を大切にする気持ち。また、自分の思想や言動などに自信をもち、他からの干渉を排除する態度。プライド。
                         【大辞泉】より

     しかし“媚び” は自尊心の隠蔽であり、欠如した状態だ。私にはこれを美意識というのにはかなりの抵抗がある。実際のエビちゃんはかなりさっぱりした男っぽい性格であり、メディア上の姿は演じられたエビちゃん像であるという話を聞くとよけい複雑な気分になってしまう。

     話をミス・ユニバースに戻そう。世界中から集まった彼女たちを堂々とインタビューに答え、積極的にコミュニケーションを取ろうとする人間性も豊かな美しい人物だとしよう。そして彼女たちの姿が「(全世界の女性が)手本とすべき女性」だとしよう。少なくとも彼女たちの中に、“媚び”や“ぶりっこ”といった美意識は見ることができない。だとすると、現在もてはやされている日本女性の美意識はローカルな美意識であり、ミス・ユニバースの理想とするグローバルスタンダードとは一線を画している。

     すべての日本女性が“媚び”を正当化しているわけではないし、これはメディアが作り上げた一つの美意識にすぎないが、これが多くの人々に受け入れられているのは事実である。これが我々が目指すべき方向性なのか、そして“カワイイ”がそのまま海外でも使われるようになったように、日本独自の文化として世界へと発展していくのか?それともミス・ユニバースの美意識を日本女性も踏襲していくのか。今後の日本女性、さらには日本男性の美意識に注目である。

    CULTURE | permalink | comments(5) | - | -

    この記事に対するコメント



    コメントありがとうございます。

    街並みと人々の意識という面で見れば、街並みが美しくなれば内股で歩く人も少なくなり、颯爽と歩くようになる。もしかしたらこうした仮説が立てられるかもしれない。

    都市国家を全く経験していない日本には都市の街並みを意識的に制御するという感覚が全くない。これがパブリック意識の欠如(美しい街並みの不在や電車で化粧をする行為などなど様々な事例)に結びついており、公共哲学という分野が注目されている。実は私が所属している日本デザイン機構ではこの公共哲学をテーマにシンポジウムが今週木曜に行われる。(http://www.voice-of-design.com/JDactivity2/event/minus2_jp.html)興味がある方は是非ご参加下さい。
    管理人 | 2007/06/19 12:16 AM
    先日、渋谷でお茶を飲みながら、人々が行き交うのを見ていて感じたことで気になったのが、女性の歩き方。自分のことはさておき、勝手なことを言わせていただくけど、一時間の観察中、歩き方が美しいと思えた女性が全くいなかった。みんな、一歩を踏み出すときに膝が曲がったまま。そして内また気味の人が多い。

    そこから派生して、女性の足の所作を思い浮かべてみた。
    例えば、電車の中。座っていて、膝から足首まできちんとそろえている女性が少ない。膝はついているけど、足首までは離れていて、つま先が内側を向いている。(スカートで膝が開いている人は論外)
    そして、じゅんぺいくんが気になってしょうがないらしいエビちゃんなど、女性誌を飾るモデルたちもその立ち姿は、内またであることが多いように思う。

    ミッドタウンでも小一時間、路行く人を観察したことがあったけど、ミッドタウンではしゃきっと背筋を伸ばし、すっくと腰から歩いている人が多かった。
    街の様子と人々の様子は関係が深いのでしょうね。美しい景観の中では、しゃきっとしてないとなんだか惨めな気持ちになるし。

    舞妓さんは内まただよね。足運びもちょこちょこと細かい。着物で歩幅が広いということは難しいから、日本人はもともと腰から歩くようなスタイルはなかったってことかしら。

    ひとそれぞれに、目指すスタイルがあるんでしょうけど、私は私が美しいと思える立ち居振る舞いに、少しでも近づけるようにするわ。それが、エビちゃんをかわいいと思うけど、エビちゃんには決してなれない私の自尊心、かな。
    きねのん | 2007/06/17 1:29 AM
    へ〜〜へ〜〜!
    せっかくなので、その審査前1ヶ月のドキュメントを見てみたいな〜。
    テレビで放送されていたのかしら・・。
    正直、審査結果だけを見るといまいち素直に納得できません・・・。
    はままき | 2007/06/16 7:30 AM
    「日本スタンダード」と「北米スタンダード」

    少しの間ですが海外の文化に触れて気付いた事なんですけど、これ自分の頭の中にできた概念です。
    今回のテーマの「美」とか、物事を考える時に最近2つの目線から捉えてるんです。

    簡単に言うと、「日本人の自分」と「カナダ人の自分」(成りきれてないけどw)。意見がかなりの確率で割れます。

    それの歩み寄ったところが「自分スタンダード」とか勝手に思ってるんですけど、今回の場合世界のスタンダードで彼女が1番だった。

    美しいか否かは置いといて、「地球スタンダードってこれなんだ!?」って見ていました。
    KIMI | 2007/06/16 12:32 AM
    私も”媚び”を習得したいですーー:
    Maina | 2007/06/15 12:13 PM
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