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あけましておめでとうございます!! −年賀状のあれこれ

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     かれこれ10年近く年賀状から遠ざかっていったのだが、今年は葉書、メール、mixiでのメッセージとあわせて300通の年賀状を書かせてもらった。さすがに全員にそれぞれメッセージを書くのは大変だったが、一人一人顔を思い出しながらの作業はなかなか楽しいものだ。

     小学生の頃から20歳頃までずっと多色刷りの木版画を彫っていたのだが、なぜ年賀状を書かなくなったかと言えば、楽しくもなく、単なる習慣になっていたので無理に書くのではなく「古き慣習から一度離れてみる」という気持ちだった。

     そして昨年。独立して初の仕事もみんなが満足して終わることができ、家族をはじめ今まで支えてきてくれた多くの人たちに昨年以上に感謝した年はなかった。そしてmixiが縁で20年ぶりに小学校の先生や友人達とも劇的な再会を果たし、途切れていた多くの線をまたつなぎなおすことができたことは大きな財産となっている。多くの人たちに感謝すると共に、このつながりを大事にするために遅ればせながら年賀状を再開することにした。はがきも魅力的だが、メールでも気持ちがこもっていればそれで十分だと思う。これからは「慣習」ではなく、「感謝」をあらわすものとして出していきたいものだ。今まで年賀状をくれた友人に返事も出さなかったのでかなりの友達も亡くしたことを申し訳なく思う・・それでも毎年出し続けてくれた友人には心から感謝したい。

     慣習も悪くない。返事がないから書かないというのではなく、私の気持ちを届けていきたい。そう思えるようになった32歳になる正月でした(^^)


     そもそも年賀状は年始の挨拶回りが簡略化されたものだという。平安〜明治時代までは1/1〜15までに、親戚やお世話になった人たちのお宅に直接挨拶に回る習慣があった。それが次第に1/2の書き初めの日に書状に書き留めて送るようになっていった。現在のように元旦までに送るというのはつい最近の習慣なのだ。なぜ元旦までに届けるのがよしとされるようになったか?
    1899(明治32)年、年賀郵便特別取扱開始
    一部の郵便局で、年賀状を年内の一定期間に出せば、1月1日の消印で元旦以降に配達する「年賀郵便特別取扱」が始まる。

     これにより、元旦に届けるのがよいとされるようになったのだ。元を辿れば郵便局の都合にすぎない。

     そもそもは1月2日の書き初めで書いていた年賀状なので松の内(一般に1月7日まで)に届けば失礼にはならない。その後も「寒中見舞い」2月の立春を過ぎても「余寒見舞い」として出すせば問題はない。

     その後、1873年(明治6年)12月1日 に郵便はがきが発行されたのを機に、今のはがきで書く年賀状に替わっていった。従来の飛脚便は一般人を対象としなかったので、この郵便はがきは一大ヒットサービスとなった。こうして通信制度の発達により、挨拶回り〜書き初めの書状〜郵便はがき〜メール〜BLOGでの挨拶と移り変わっているのだが、やはりメールでは物足りないと言う人も多いのは、過渡期だからというのもあるが、やはり物質としてのはがきの魅力、ものとして残る魅力は大きいと思う。

     年賀状離れが毎年報道されているが、実際のところどうなのかと思い、統計を調べてみた。
    ■昭和24年からの年賀葉書発行枚数の推移
     確かに発行枚数自体は平成16年度用の44億6千万枚をピークに減少している。人口で割った一人あたりの枚数を計算してみても平成16年度用34.95枚/人 平成19年度用29.65枚/人と16%の減少だ。しかし、これは郵便局が売り出すお年玉付年賀葉書の枚数で、一般のメーカーが出す年賀状や、PCでのプリント用はがきはここには含まれていない。ここ数年の家庭での初心者PCユーザーの拡大とソフト・プリンターの使い勝手の向上からくるプリント人口の増加を考えれば、16%という数字は誤差の範囲に入ると思うのだがどうだろうか?

     たしかに書かなくなっている人は増えているとは思う。しかし統計以外の年賀状も含めた全体の枚数がほとんど変わらない中で書き手が減っていると仮定すると、減っている分だけどこかで増えていることになり、毎年書いている人たちが枚数を増やしているということになる。PCがここまで普及していなかったときは住所も全部手書きで書かざるを得なかった。しかし今では住所さえ登録しておけばあとは簡単に多くの枚数をプリントすることができる。多少枚数が増えても、手で書くのでなければたいした手間にもならない。こうしたPCでばんばんプリントする人たちが書かなくなった人の枚数をカバーしていることは大いにありうる。現に年賀状を書いている人たちは毎年出す枚数が増えているという。お年玉付年賀葉書以外の統計をみないと正確な結論は出ないと思うが、“年賀状離れは一つの統計からだけからみた報道にすぎない”というのが私の仮説だ。  

     メールでの年賀状でも一つ気付いたことがある。以前に比べ、携帯やPCでのメール年賀状も減っていないだろうか?物質的なはがきの年賀状をやめ、メールに切り替え、年賀状自体の意義を再考したとき、非物質的なメールでの年賀状は、物質的なはがきの年賀状よりも簡単にやめることができる。印刷しただけの年賀状は味気ないのと同じで、コピペしたような慣習としてのメールもほとんど印象に残らない。それならいっそのことやめてしまえとなるのではないだろうか。それに加え、mixiなどのSNSなどでは簡単に近況を知ることができ、新年の挨拶もBlogにシフトした人たちも多い。これもまた新たな挨拶の形式なのだろう。

     現代人は挨拶回りを行っていた平安時代の人間関係の何十倍、何百倍も人間関係が広がっているだろう。そのぶん一人一人への対応密度が薄くなるのはある意味必然だ。時間の感覚も昔とは比べものにならないくらいスピードアップしている。こうした状況で人間関係が広がり、時間感覚が短くなっているとなれば、年賀状もビエンナーレ(2年に一度)やトリエンナーレ(3年に一度)にするというのも手かもしれない。日本郵政株式会社が売上を減らすようなことをするとは思えないが、感謝する回数を減らすのもなんなので、あっという間にすぎていく1年の終わりに数日、年賀状を書く時間を取れるのは幸せなことだと思う。95歳になる祖父は90近くで目が不自由になるまで毎年500枚近い年賀状を書いていたらしい。PCを使えるわけでもない全部手書きの祖父の達筆年賀状は今思えばほんとうに素晴らしい。

     今年も皆さまにとってより素晴らしき世の中になるように 祈りつつ、今後とも末永くよろしくお願いいたします(^^)


     PS 年賀状を書いている方は是非ご一報下さい。来年度はこちらから送らせて頂きます(^^)


                     (2007.01.05 加筆修整)


    CULTURE | permalink | comments(6) | - | -

    この記事に対するコメント

    http://tekayte6.blogspot.com
    http://tekayte6.blogspot.com | 2007/09/01 3:13 AM
    最近は携帯を聞いても住所を聞くことはないですし、どこも名簿を作らなくなっているのは、年賀状減少の一因でしょうね。
    感謝の気持ちを持って書くと、コメントも長くなってしまうものです。年賀状一つ取ってもその人の人柄が見えて面白いです(^^)
    じゅんぺい | 2007/01/26 3:09 PM
    初めてコメントしまーす。
    じゅんぺいさんの文章はたくさんの示唆に満ちていて、触発されてしまいました(^-^)/

    わたしにとって年賀状をだすことは、一年に一度、感謝の気持ちを文字にして伝えることのできる、とても大切にしているイベントです。
    ふだん面と向かって口に出しては言えないようなことも、紙に落とせば伝えられる絶好の機会。なんて便利な習慣なのでしょうと思っています。
    形態はハガキでもメールでもこだわらないけれど、やっぱり住所を知っている人にはハガキで出します。なぜなら、自分はハガキの方が貰ってうれしいから。それだけ。

    毎年、もらう年賀状が形式化している(例えば写真だけで言葉が添えられていないとか。別にそれなら出さなくてもいいのではと思ってしまう私は冷たいカナ?)のを感じて、今年はコメントは少なくしようと思っても、どうしても余白がなくなるほど書いてしまう。。逆に病的かもしれないですね(笑)

    就職してからはどうしても、クリスマスまでなんかには書き終えられなくて、レイアウトを作るので精一杯。書くのは仕事納めが終わってからになってしまっていました。でもその方がなんだか書いてて自然な感じがするなぁ〜と思っていたのだけど、じゅんぺいさんの説明で納得&ほっとしました♪ありがとう。

    長々と書いてしまってごめんなさい。でももう一つだけ書かせていただいてよろしいでしょうか。。

    今年の年賀状を書く際に生じたトラブルのことです。
    なんと「個人情報流出防止のため」、今まで配っていたという職場職員の住所や連絡先の一覧を配らなくなったという宣告を、庶務の方から受けたのです。
    運の悪いことに今年度異動して来た私は途方に暮れてしまいました。
    一年目でたくさんお世話になったから感謝の言葉を伝えたいのにどうしよう・・でも「年賀状書きたいから住所教えて下さい」なんてひとりひとり聞いていったら、それこそ怪しいヤツに思われてしまうし(笑)、メールアドレスだって年賀状出したい人全員のは知らないし・・。
    結局、年明けから連休を貰う予定にしていたので、仕事納めの次の日に職場に行き、住所欄が空白の年賀状をそれぞれの机の上に置いてきたのでした。
    何をバカなことをやっているのだろうと自嘲しながら。。

    なんだか、釈然としないことが増えてきているよなぁ〜。
    納得なんてしたくないけど、仕方がないとしなければいけないのでしょうか?複雑な心境は今も晴れていません。

    今年から(!)、よろしくお願いします。
    哀しい知らせが溢れても、それが報われるような心愉しいことも
    たくさんの一年となりますように・・♪
    megie | 2007/01/25 4:36 PM
    コメントありがとうございます。
    私も年賀状回帰はまた来ると思います(^^)

    気付いたことがあったので一部加筆しました。
    加筆部分↓
    −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
     年賀状離れが毎年報道されているが、実際のところどうなのかと思い、統計を調べてみた。
    ■昭和24年からの年賀葉書発行枚数の推移
     確かに発行枚数自体は平成16年度用の44億6千万枚をピークに減少している。人口で割った一人あたりの枚数を計算してみても平成16年度用34.95 枚/人 平成19年度用29.65枚/人と16%の減少だ。しかし、これは郵便局が売り出すお年玉付年賀葉書の枚数で、一般のメーカーが出す年賀状や、PCでのプリント用はがきはここには含まれていない。ここ数年の家庭での初心者PCユーザーの拡大とソフト・プリンターの使い勝手の向上からくるプリント人口の増加を考えれば、16%という数字は誤差の範囲に入ると思うのだがどうだろうか?

     たしかに書かなくなっている人は増えているとは思う。しかし全体の枚数がほとんど変わらない中で書き手が減っているとすると、それを補うだけどこかで増えていることになり、毎年書いている人たちが枚数を増やしているということになる。PCがここまで普及していなかったときは住所も全部手書きで書かざるを得なかった。しかし今では住所さえ登録しておけばあとは簡単に多くの枚数をプリントすることができる。多少枚数が増えても、手で書くのでなければたいした手間にもならない。こうしたPCでばんばんプリントする人たちが書かなくなった人の枚数をカバーしていることは大いにありうる。現に年賀状を書いている人たちは毎年出す枚数が増えているという。お年玉付年賀葉書以外の統計をみないと正確な結論は出ないと思うが、“年賀状離れは一つの統計からだけからみた報道にすぎない”というのが私の仮説だ。  
    じゅんぺい | 2007/01/05 11:38 AM
    新年明けましておめでとうございます!

    今年も木版やシルクスクリーンなど手作り感のある年賀状も
    多くいただきました。
    やはり、嬉しいものですね。
    心の籠もった作品をいただいた、という気持ちになります。

    こちらは写真をプリントした葉書なのですが…。
    それでも、少しでも気持ちの伝わるものを、と考えるのは
    それだけでいいものですね。

    今年もよろしくお願いします。
    竹浪 明 | 2007/01/04 11:09 PM
    あけましておめでとうございます。
    形はどうあれ、新年の挨拶として年賀状は
    あったほうが良いと思ってます。
    新年!といった感じで気持ちも新たになるし。
    私たちの年代だと結婚する人も多くなったここ4,5年で
    また紙ベースの年賀状が増えた気がします。
    結婚して家庭を持つとハガキを出す人が増えるのかな?
    年賀状だけのやりとりになってしまった友達も
    1年に1度近況を知ることができる良い機会なので
    お正月は今でもポストを覗くのが楽しみな私です。
    今年もよろしくお願いします♪
    あゆこ | 2007/01/04 9:38 PM
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