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最も人柄が出る時間 〜結婚式で垣間見た愛に溢れた家族

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     「Rちゃん、むっちゃいい子やね!!(^^)」
    従兄弟の結婚式で急にマイクが回ってきたときに思わずこう答えてしまった。

     Rちゃんは従兄弟のYのことを「お買い得品でした!!(^^)」と言っていたが私からすれば、Rちゃんこそ「お買い得品でした(^O^)」と言っていいくらいの子だと思った。そしてその彼女のそばには小柄だけど大きな存在の母と優しい姉がいた。

     彼女は小学生の頃に父親を亡くし母と姉と3人でやってきたという。失礼や批判を承知で書くが、統計的には片親の場合、子供が非行に走ったり人間関係において多くの問題がおこる割合は、両親に育てられた場合よりかなりの割合で高くなる。しかし、彼女はそんな統計や色眼鏡を一瞬にして彼方に吹き飛ばしてくれた。

     式でも彼女は何十回と「愛」という言葉を惜しげもなく使った。聖書から愛についての一説を説いた。
    「愛は忍耐強い。愛は情け深い。ねたまない。愛は自慢せず、高ぶらない。礼を失せず、自分の利益を求めず、いらだたず、恨みを抱かない。不義を喜ばず、真実を喜ぶ。
    すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える。愛は決して滅びない。」
    コリントの信徒への手紙機。隠馨錬院檻言

     そして実際に愛に溢れていた。家族と大きな愛でつながれていた。そしてそれを目に見える形で表現していた。あれだけ公の場でみんなに心からハグし、チュッチュチュッチュとキスしていた母親を見るのは初めてだ。喜びを抑えきれなかったのだろう、いや抑える必要などあるのだろうか?感情を素直に表現できるのは素晴らしいことだ。小柄な新婦の母親がすごく大きく見えた一瞬だった。そして大きな家族の愛の涙で心が洗われた素晴らしい時間だった。

     その人が育った背景と家族が見え、これから巣立っていく場面である結婚式は、その人となりが一番出る場面だといってもいいのかもしれない。

     今まで多くの式に参席させてもらったが、感動した式というのはだいたいにおいて新婦の人柄によるところが大きい。新婦が「結婚式なんて興味ない」と言い、ドレスなども新郎が決めたと言っていた先輩の式でさえも、際だったのは新婦の自由奔放さとあたたかな人柄だ。言い方は悪いが、こういう場ではいくら取り繕っても新郎はメインに添えられたマッシュポテトにすぎない。社会的な地位やプライド、男としての役割?、性格など、様々な要因があるとは思うが、こうした場での女性の肝の据わり具合は尊敬に値する。そしてなによりもその場を存分に楽しんでいる姿に感動するのだ。

     その式の価値を決めるのは式にかけた金額でも呼んだ人の多さでも料理の豪華さでも体裁でもない。「無償の愛」を誓いあう二人の“人となり”がその式の価値を決めるのだと思っている。そしてどれだけその場を心から楽しんでいるか。その楽しさと喜びは引き出物よりも長く参式者の心に残る財産だ。こうした喜びを一緒に分かち合えたこと、そして素晴らしい親戚が増えたことを喜び、心から祝福したい!!




    PEOPLE | permalink | comments(10) | - | -

    この記事に対するコメント

    >自分にとって結婚式とは何ぞや

    私が惚れ込んだ人間性を持ってるナガタさんなら絶対いい式にできるとは思いますが、結婚式とはなんぞや??という問いは難しいですね。
    人によっては契約の明文化と周知、そしてちょっと一息ブレイク程度のものなのかもしれませんが、今回の式のようにみんなに愛を配る場だとおもえばやる意味は大いにあるのではないかと思っています(^^)

    親戚が増えたとはいえ、従兄弟の嫁の家族とはそうそう会う機会もないんでしょうね。まあこっちから押しかけていけばいいことですけど(^^)
    じゅんぺい | 2006/12/22 12:57 AM
    お久しぶりです。私にとって、とてもタイムリーな話題だったので読みいってしまいました。来春か夏あたりに式をあげる(予定)にあたり、自分にとって結婚式とは何ぞやと考えていた今日この頃。参考になりました。
    ナガタ | 2006/12/19 11:15 PM
    あたしは自分の結婚式は親族だけでやった。
    広島と千葉人の結婚なので親戚が出会うなんてほとんど機会がないと思ったから親族のみ水入らずで思いっきりお互い話をしてもらい繋がってもらいたかった。
    まあ結果はやっぱり遠すぎてなかなか繋がりませんが><。

    結婚式も大事だけれどその後の家族の繋がりはもっと大事。
    せっかくの感動、その後の親族の輪としてつなげていって下さいね^^。
    はままき | 2006/12/18 8:24 AM
    1日でマイミクの半数近い人数のアクセス&祝福の言葉をありがとう!!
    今までにないアクセス数はいかにみんなが興味あるテーマだったかがよく分かりました(^^)
    従兄弟夫婦&家族の愛がみんなにもうまく伝わっていれば嬉しいことです。

    私自身、片親だからとかそうした色眼鏡は持っていませんが、環境によってぐれるか、逆境をバネにいい子に育つか、両極端になりやすいのかもしれませんね。

    聖書の一節は、最後の「愛は決して滅びない。」のところを夫婦一緒に読んだのですが、そのオチを予想しながら、思わず泣いてしまいました(T.T)

    刺身のつまはさすが京都って感じです(笑)
    俺も自分の結婚式なんてことになったら泣くじゃくって不味そうなべちょべちょのマッシュポテトになってしまうかも(~_~;)
    じゅんぺい | 2006/12/18 2:02 AM
    親類が増えてよかったですね!

    素敵なお母様とお姉さまのお陰で彼女は真っ直ぐに育ったのですね!
    確かに「統計的には片親の場合、子供が非行に走ったり人間関係において多くの問題がおこる割合は、両親に育てられた場合よりかなりの割合で高くなる」というのは当たってると思います。

    しかし、今回の結婚式で彼女は、たとえ片親であってもグレルことなく立派に成長できるということを証明してくれたのだと思います。
    miffy | 2006/12/18 1:29 AM
    おめでとうございます!!
    自分も片親でよくグレなかったなと何度言われたか.......
    自分がグレてもどうしょもないから頑張るしかないって知らぬ間に誤摩化しつつ頑張ってきた。色眼鏡なんてごめんだ!
    ジュン | 2006/12/17 10:52 PM
    普段聖書の一節って、そこだけ読んでも
    胸に来ないけど、このエピソードと共に読んだら
    ものすごく、来た。
    涙出ちゃった。
    愛ということばを自然に使えること、
    感情を素直に表現できること、
    そんなあたたかなひとが身近にいるって、
    とっても素敵だね。
    mikiwo | 2006/12/17 8:38 PM
    >新郎はメインに添えられたマッシュポテトにすぎない。


    うちの主人は、刺身のツマ、と申しておりました!笑
    しら | 2006/12/17 2:00 PM
    おめでとう。

    感動的な結婚式は、新郎新婦とその家族、そして友人や同僚など出席しているみんなが、とてもあたたかく祝いの席を楽しんでいるなぁと思う。新郎新婦とともに、同じ時間を共有する列席者も、式を素敵に演出する要素だと思う。素敵な新郎新婦は、素敵な人々に育てられてその日を迎えたということかな。
    きねのん | 2006/12/17 11:48 AM
    おめでとう!よかったね!

    そういえば友人の結婚式で、新郎の方が泣きじゃくって、新婦がその涙を拭いてあげてた(ふつう逆でしょ!)なんて事があったよ。
    まあこの場合は”マッシュポテト”が意外と美味かったってことで。(笑)

    いずれにしても”愛”を感じたよ。
    夫婦愛に家族愛。

    とくに家族愛は、子供の想像力、成長を促す拠点ともなる”安全基地”だから、そこが強固であるってことは大切だよね。
    「子は親の鏡」なんてよく言うけど、その新婦のお母さん、素敵な(そして強い)人なんですね。

    素敵な家族が増えて良かったね!
    サワイ | 2006/12/17 8:16 AM
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