こころとからだの建築家BLOG

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絶対的美は存在するのか?〜天然美人と整形美人を見分ける眼

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     以前、整形について詳しい友人と話しながら美人だと思う人を挙げていて面白いことに気が付いた。ひとつは私の挙げた二人とも整形をしていない顔であるということ。そしてもうひとつが、綺麗なのだけどなんか違う。。と思っていた美人がほぼ整形顔だということだ。



     今や美人女優の代名詞ともなった↑を例にあげてみよう。確かに整った美人だとは思うのだが、なにか変なのだ。例えるなら蝋人形のような美しさとでも言ったらいいだろうか。それは広告用の写真だからではなく、TVで見てもその印象は変わらない。そんな彼女は整形業界では最高傑作と言われているらしい。

     挙げればきりがないが、私が綺麗だとは思うけどなにか不自然だと思っていた顔立ちの美人はほぼ整形美人だという話しには驚くとともに、感覚的ではあるのだが、「自然な人の顔」と「整形した人の顔」を見分ける審美眼がそこにはあるのではないかと思ったのだ。

     モノを見る目は、意識を持って見ることによって、ある程度まではトレーニングで鍛えられる。おそらく人の顔を何千、何万と見ているうちにそうした微妙な不自然さに気づくようになったのかもしれない。

     美術の専門家は自分の専門分野以外のものや、見たこともないものも鑑定しなくてはならない。そうした鑑定はほんとうに正しいのか??などと思うのだが、たくさんのものを見てきた「眼」と「直感」は初めて見たものでもかなりの確率で正しい判断をするという。
    参考文献 “第一感「最初の2秒」の「なんとなく」が正しい”マルコム・グラッドウェル

     まさに私が整形美人に持った印象も「なんとなく変」という程度でしかない、しかし実際に整形の手術をする専門家が見れば「なんとなく」ではなく、どういう手法を用いたのかが分かるのだ。それは整形だけではなくあらゆる分野において知識と経験で判断できるものであるといえる。

     整形の可否をここで問うつもりはさらさらない。ただひとつだけ問題視するならば、単一民族の日本の弱点でもあるのだがあまりにも単一の価値観に縛られすぎていることだ。スターウォーズのルークが育った惑星タトゥイーンの風景は思い浮かぶだろうか?毛むくじゃらのチューバッカ、ロボットのR2−D2と3PO、トドのようなジャバザハット、蛙のような人もいれば、我々のような形をした人もいる。大袈裟な例えだが、こんな多民族国家の中では二重まぶたにしようなどとは思いもしないだろう。

     法隆寺の宮大工だった西岡常一は著書の中で興味深いことを書いている。
     木は人間と同じで一本ずつが全部違うんです。それぞれの木の癖を見抜いて、それにあった使い方をしなくてはなりません。そうすれば、千年の樹齢の檜であれば、千年以上持つ建造物ができるんです。これは法隆寺が立派に証明してくれています。
    −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
     そうした木の性格を知るために、木を見に山に入って行ったんです。それをやめてどないするかといいましたら、一つは木の性格が出んように合板にしてしまったんですな。合板にして木の癖がどうのこうのいわないようにしてしまったんですわ。木の持つ性質、個性を消してしまったんです。
    ところが、癖というのはなにも悪いもんやない、使い方なんです。癖のあるものを使うのはやっかいなもんですけど、うまく使ったらそのほうがいいということもありますのや。人間と同じですわ。癖の強いやつほど命も強いという感じですな。癖のない素直な木は弱い。力も弱いし、耐用年数も短いですな。
    「木のいのち木のこころ」西岡常一・小川三夫・塩野米松

     教育も、そこから育った人材も、その人材が作り出すモノもみな「均質化」されてしまっている。これは「複製」とも関係してくる現代社会の重要なキーワードの一つだ。この西岡氏の言葉は様々なことに通じてくる。

     話しを元に戻そう。モノ作りにおける流行としてのファッションという文脈においては、デザインはもはや“いい悪い”ではなく“時代に合ってる”とか“好き嫌い”という個々の価値観でしか判断できないような状態に陥っている。そもそも絶対的美は存在するのか?「人工的な美しいもの」ももちろん美しいと思うが、もしそうした絶対的な美が存在するとすれば、それは「自然な美しいもの」なのではないだろうか。そして「自然な美しいもの」をほんとに微妙な差異から見極める眼を人間は持っている。

     プロダクトや建築のデザインにおいては、擬似自然的なデザインが10年ほど前から急速に増えてきている。建築においては3次元的な構造解析が可能になり、ランドスケープと一体化した有機的なデザインがもてはやされ、プロダクトにおいてもコンピューターによる3次元形態の造形が可能になったことにより、3次曲線を用いたデザインが成立するようになってきた。それと同時に人工物と自然物という違いこそあれ、こうした自然を模した「リ・デザイン」が行われている裏で、顔の「リ・デザイン」が併走しているという事実も見逃せない。

     「自然なもの」と「不自然なもの」を感覚的に見分ける能力が人工物をデザインする際に活かせるかどうかは今後の課題だが、知らぬ間にこうした天然物の美人と整形美人を見分ける目を養っていた事実は、モノ作りをする者としてはちょっと嬉しい(^^)これがたんなる偶然ではないことを祈るばかりだ。


    (2006.11.30 一部加筆修整  12.10 再修整)
    CULTURE | permalink | comments(14) | - | -

    この記事に対するコメント

    間違ってたどりついてしまったけどおもしろい内容だったので読ませてもらいました。
    考えてみたけど整形を「なんかへん」って感覚ででもそう思える人って多くない。大体感覚麻痺。単に美人じゃんいいじゃんで終わったりして。
    あらゆるものにおいて「自然美」をみる眼を人は持ってる。けど、なんでも選べる世に暮らしてて「人工的美」と言われる方を自ら選んでたりするんだなお手軽に。かなしーけど。それはやっぱり流されてるとか人の目を気にしてってのもあるんだけど。美人多いけどパッと見上から下まで似てさ.....中身の時代だな。
    ジュン | 2006/12/15 8:57 PM
    絶対などという言葉にこだわるのはナンセンスなのかもしれませんが、「絶対的な美」が存在するとすれば、それは人工物ではない。そう思っています。不完全な我々人間が絶対的なものを作れるとは思えないし、かといって悲観的になるのでもなくサワイのいうように桃源郷を目指すことが唯一の方法なのかもしれないですね。
    じゅんぺい | 2006/12/10 8:41 AM
    こんちは。
    せっかく拝見させていただいたので
    少し書かせてください。

    天然美人が「自然な美しいもの」であるというのは
    何世代もの先祖から受け継いだ表情のオーダーが
    結果的にいま「美しいもの」としてあるということで
    整形美人が「不自然」と感じるのは
    どこかしらにそのオーダーから外れたところを
    感じずにはいられないといったところでしょうか。

    「単一の価値観」ということですが僕が感じるのは
    いま現在の「はやりのパーツ」というのがあると思います。
    世間的に「美人」とされる暗黙の偶像としての
    美人の目、美人の鼻、美人の口、美人の眉毛etc
    なんてものを単一のパーツとしてとらえれば、
    部分としての絶対的な美は存在するのかも知れませんね。

    時代が変われば価値観も変わり
    美人像も変わるし、
    絶対的な美ね、、、どうでしょう。

    一方でなにかをデザインするということは
    自然ではありえないものを作わけで
    どこかしらで究極的には
    「絶対的な美」を追求するものだと思っています。
    本人はそんなこと意識してはいませんが。
    いきなりきな夫 | 2006/12/04 11:54 PM
    はよ━ヾ(・ω・`)ノヾ(´・ω・)ノ゛━ぅ!!

    ねね、中谷美紀って整形だよね?結構有名だった気が??
    気のせい???
    ってか、フカキョンも整形なのね。
    &#9436;&#9428;も治したいトコはいっぱいあるけど、やっぱ維持するのが大変だし、化粧でなんとかごまかしているよ・・・

    絶対美ってさ、顔がキレイってのも絶対条件としてあるけど
    立居振舞で大分品格が違うよね!
    私は整形はできないから、立居振舞を磨こうかと・・・。
    みょん | 2006/12/04 10:32 PM
    絶対的美はあると思う。
    漠然と感じるだけなんだけどね。

    自分が感じる絶対美は、自然(環境、もの、などなど)を、必要とする、または必要とされるカタチに加工する行程の創意・工夫が見えるもの、感じられるものに”絶対美”を感じる傾向があるよ。
    あと、一見それと対局にある様に見えるけど、作者の熱意が垣間みれるもの。

    結構、そういうトコロに惹かれる人って多いんじゃないかなぁ。
    『プロジェクトX』とか、『プロフェッショナル』とかが内容の重厚さ、地味さの割に反響が大きいのもそういう事かと。(ただテレビ番組だから、演出の上手さも光ってるけどね。その仕事っぷりも”美”ってことで)


    あと、「これはいい」「これは悪い」とか、「なんかダメな気がする」とか、そう言った直感っていうのは、感情(喜怒哀楽のあれね)の働きなんだって。で、感情って言うのは、「不確実性への適合能力」として進化の過程で発達してきた立派な脳の働きらしいよ。茂木健一郎さんが講演とか、書物の中でそう言ってた。

    人工的に作る完璧なはずの造形に、じゅんぺい(だけじゃなくて、案外多くの人だと思うけど、)、が感じる”違和感”が”直感=不確実性への適合能力”として機能した感情なら、案外”完璧”なんて状態は何処まで行ってもたどり着かない”桃源郷”みたいなもんで、それを求める想像力(創造力)が文化、文明をこれだけ発達してきた力なのかもね。


    最初に「ある」って書いといて矛盾するんだけど、もしかすると”絶対”美も桃源郷なのかもしれないね。でも、それを「ある」って信じて、それを求める想像力(創造力)を養う方が、実りはぜったいあるよね(笑)。
    サワイ。 | 2006/12/03 1:41 PM
    美人てなんだ?時代によって、環境によって、場所によって、個人によって、美人の見方は違うから、自然でも、人工でも、自分がいいと思うものが、美人なんだよね。美容整形擁護というわけじゃないけど・・・。じゅんぺいが見極める目を持つのは、じゅんぺいが天然美に対して(無意識的にかもしれないけど)、こだわりを持っているからだよね。ひとりひとりが自分の価値観を大事にすれば、天然でも人工でもいいかなーと私は思う。自分らしい美しさでいられればいい。
    きねのん | 2006/12/02 12:55 AM
    みなさんコメントありがとう!!
    今回はテーマが興味を引くものだったのか、いろいろな反応がありましたが、納得いくものができていなかったので一部加筆修整しました。

    コメントを読むと言いたいことがどのくらい伝わっているのかが分かって面白いですね。どこに読者が反応を示すのか?それがこちらの意図通りになっているのか?毎回勉強させて頂いています(^^)

    顔のシワを脳みそのシワとして移植できるなら最高ですね!!(笑)
    じゅんぺい | 2006/12/01 3:40 AM
    ここで言う”審美眼”が、外見に限った話しなら”整形美人”も美人だと言っていいんじゃない?

    >時間と環境が作り上げたエイジングがもつ迫力は擬似自然では作り出すことができない。

    これはそのとおりだと思う。

    でも、

    >いくら精密な蝋人形を作ったところで、それは作り物でしかない。時間をかけて自然にできかがったモノに手を入れてしまうことは、積み重ねてきた時間をゼロにしてしまう=不自然なモノにしてしまうということだ。

    っていう意見はどうも素直に受け入れられないかな。

    だって、人間は蝋人形じゃないんだから。
    もちろん自分に自信を持って、背筋伸ばして、胸を張って生きていければそれが一番いい。でしょ?たぶん、誰でもそうやって生きていきたいって思ってるよ。
    でもさ、実際にそうやって生きている人ばっかりじゃないじゃん。
    自分の何かがどうしても引っかかって、それでどうしても自分に自信が持てなくて、それで何に対しても積極的になれなくて、、なにか擬似的なもの、簡単に欲求を満たしてくれるものにすがっちゃう人だっているでしょう。誰だって人並みに生きていれば、そういった部分はこころのどこかにあるもんだと思う。
    だって、蝋人形じゃないんだから。

    個人的には、長い時間かけて、自己努力でそれらとぶつかって、乗り越えていくのがベストだと思うけど、もし、外見にどうしようもないコンプレックスを持っていて、整形でそのコンプレックスから解放されるのなら、それはそれでいいんじゃないかと。
    じゅんぺいが言う様に時間がゼロになることはないと思う。その前もその後も生きているんだから、”ゼロ”はないよ。
    見た目のコンプレックスの内面、(コンプレックスの本質)に気づくかもしれない。そうしたら、乗り越える対象がはっきりするから動きやすくなるかもしれない。。


    なんか、「かもしれない」でしか言えないからもどかしいし説得力ゼロなんだけど。。


    むしろ、「あのヒトは整形だ。」とかいう周囲の声の方が病的なんじゃないか?その”審美眼”ってのを人に対して使うとき、その人の内面はどうなるの?整形した人の内面は美しくない??そんなこと関係ないでしょ???


    きっとじゅんぺいだってそんな事を言ってる訳じゃないのはわかるし、きっと「その人が過ごした時間や環境で作られていく顔が一番素敵だ」って事なんだろうけど、、こういった話しになると、必ず整形が”悪”みたいな立ち位置になるのがどうしても嫌なんだな。自分。
    ベストじゃなくても、2番目、3番目・・・ってヒエラルキーは下がるけど、決して悪じゃないと思う。


    どうも世間的な整形=不自然=悪、みたいな図式には嫌悪感がある。整形する人の気持ちが入ってない感じが嫌だ。
    個人個人が考えてそうなるならまだしも、なんの考察も議論もないまま、世間のそういった図式に簡単に乗っかるのは嫌だ。


    だから、今回はタイトルから少し「?」って思ったよ。


    サワイ。 | 2006/11/30 10:48 PM
    思春期のころは、顔を変えてみたいと思ったり、今は太ももの脂肪をどうにかしたい!とか思ったりするけど、痛い思いしてまでは…。(苦笑)
    しら | 2006/11/30 5:22 PM
    写真の人、やっぱ整形だったのですねー。

    造形美の無い顔やと思ってたんですが
    最高傑作だそうで・・・・

    顎小さくしすぎで目でかくしすぎだと思ったのですが・・・
    気のせいですかね!?!?!?
    宮崎さやぉ | 2006/11/30 5:00 PM
    芸能人は大体してるんじゃない?(ショック!)
    美容院に行く感覚っていうよね。
    でも表情をみるとおかしいなぁって分かるよね。
    非整形者は表情が柔らかい気がする。
    整形者は表情が乏しい、突っ張ってる感じが…。

    そんな私も嫌な所があるので整形はしてみたい。(怖いが)
    お婆になったらシワ取りしたい…。
    じゅん | 2006/11/30 3:58 PM
    いろいろ詳しい人がいるのね。
    一番ショックなのは、子供ができた時じゃない?

    親に似ていなかったら嫌だもん。
    特に女の子ができて、お母さんの若い頃はこんなにきれい
    なのに、何で私は・・・。とか言われた日には。

    でも、私がきれいな人に惚れて、そのあとそういう告白を
    されたときに平常心でいられるかだね。

    それにしても『使用前』の画像が欲しい。
    かずぅ | 2006/11/30 3:55 PM
    わたしも中谷美紀と仲間由紀恵が大好き☆
    女の子の趣味合うね♪
    ふたりともタイプが違うのに何故か好き、と思ってたら
    こんな共通点が!
    自分らしい生き方を自然にしてるっていう感じがして
    わたしもそんな風に生きていきたいと思ってまーす。
    cheek | 2006/11/30 12:16 PM
    はあ・・。そんなに整形している人達がいるのか・・。
    かなりびっくり。。

    その場を整形で繕う事は出来ると思うけれど、やっぱりもともと付いている表情を作るもの(骨格・筋肉)はいくら考慮していじっても無理が出てくるものなのではないかしら。

    そして年齢を重ねた時にさらにそこにズレが出てくるのでは無いかしら。

    顔は一番表に出る部分だし、手を入れたくなる気持ちも分かるけれど一生物を作り変える勇気はありません。。

    でも皺はとりたいかも・・・。
    はままき | 2006/11/30 11:45 AM
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