こころとからだの建築家BLOG

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物の値段−売買システムの再構築

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     ここ数年のインターネットによる流通の流れの変化はすさまじい。Amazonを初めとするネットショップに、ネットオークション。今まで見えていたお金の流れが急激に見えなくなってきたという見方も出来る。ライブドアなどのIT企業が銀行に興味を持っているのも、こうしたネット上のお金の流れを見ての事である。

     定価という表示方法からオープンプライスに変わったのはそんなに昔の事ではない。そもそも定価自体がおかしな物で、定価生活に馴れきっている日本人が旅先で定価のない買い物をする時には大幅にボラれる事になる。基本的に相場という概念はあるが、売買において物の値段というものは、時々刻々と変わっていって当然の物だ。需要と供給のバランスが取れているところがその値段となる。しかし、日常生活において物の値段が毎日変わるというのは、不便が多い。市場等で競りが行われる場合は当然毎日値段は違う。しかし、小売店では値札を毎日付け替えなくてはならないし、POSで管理するのも大変だ。そこで、市場での価格に左右されないような工業製品には定価が付けられてきたのだ。

     近年ネットオークションが身近になるに従って、ものの相場をより意識するようになった。通常のルートによる販売においては、相場は「一般的な人の物の見方で成り立っている。」しかし、オークションにおいては「ある特定の人の物の見方で成り立っている」例を挙げれば、ある物のマニアから見れば、とても価値のある物が、一般人から見ればガラクタという事になる。

     いい例が、サッカー・野球・ライブなどのチケットだ。こうした興行は工業製品とは違い一回限りの限定なので、追加生産して需要を満たす事は出来ない。それゆえ、オークションでは信じられない値段が付く事になる。しかし、チケット販売は昔の定価のシステムのままだ。それゆえ、昔はダフ屋が一般的だったチケット業者がより一般化し、かなりの利益を上げる事になる。このお金はなくてもよい中間マージンだ。オークションの登場により、チケットを誰でも手に入れる事は出来るようになったが、消費者はよけいなお金を払う状況はダフ屋の頃と何も変わってはいない。お金の流れが少し変わり、ダフ屋やチケットショップが得ていた利益が、オークションに回ってしまったにすぎない。

     こうした不要なお金の流れは今後変わっていってもいいと思っている。消費者がお金を払ってもいい値段がオークション価格だとすれば、定価+αのお金ははミュージシャンと興行側が得てもいい利益だと思う。それだけ人気があり、見たい人が多い=需要が高いならば、需要と供給の関係から当然チケットが高くてもいいと思うのだ。こうした観点で見れば、チケット販売の一定数をオークション形式にして販売するのは悪くないアイディアだと思う。全部をオークションにしてしまうと値段が上がりすぎ、ファンの裾野を狭めてしまう危険性もある。しかし、一定数をオークションにして、余剰利益を慈善事業に使ったり、寄付するなど、お金の有効な使い方はいろいろある。なにも、オークションで稼いでいる人の懐に入れる必要はないのだ。

     しかし、いっこうにそうした動きは見えてこない。チケット販売会社もチケットゲッターが大量に購入しないようなシステムを考えるばかりで、不用なお金の流れに対する根本的な対策にはなっていない。今までのやり方を変えるにはそれなりのパワーがいる物だ。成功しているIT系企業の社長達はそのパワーに加えてスピードを持っている。新しい事を始めるのには必ず批判を伴う。彼らのやり方を見てこの先の日本にいい刺激を与えてくれれば、既存のものに囚われすぎないもっと面白い社会が生まれてくるだろう。
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