こころとからだの建築家BLOG

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エイジングとアンチエイジング

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     “アンチエイジング” 女性には当たり前のようになってしまったこの言葉。しかしこれと反対の言葉、“エイジング”も大流行しているのには気づいているだろうか?エイジング加工もしくはアンティーク加工、ダメージ加工といくつか言い方はあるが、これらは全て意図的にエイジングするものだ。

     エイジングは老化と言えば聞こえはわるいが、加齢ともに変化していくことだ。モノであれば『アジが出る』といい、これはわるい意味では使われない。最近多いのはファッションにおけるエイジング加工。特に革製品のエイジング加工は去年あたりから多く出ていて、使い古した革の雰囲気をうまく出している。これはジーンズのエイジング加工やダメージ加工に合わせるように出てきていて、アンチエイジングとはまったく逆路線なのがおもしろい。

     学生の頃、研究室で建築や建材のエイジングを数量化するのは難しいといったような話をしていたことがある。天然素材しかなかった時代の建築はエイジングによって経年変化するとそれが『アジ』になる。しかし、最近の現代建築は『アジ』になる前に『ボロ』になるものが多い。これはコストの高い天然素材ではなく、コストの安い人工建材を用いることによっている。天然素材はエイジングによって雰囲気が出て『アジ』になる。しかし、人工素材は往々にして『ボロ』になってしまう。『ボロ』になれば必然的に取り替えざるを得ない。長く大事に使うというふうにはならないのだ。それに対して、『アジ』が出る天然素材は、メンテナンスして長く使われる。ヨーロッパの石造りの建築や日本の伝統的木造建築が長く使われるのも天然素材で作られ『アジ』を出し続けているからにほかならない。

     これはファッションにおいても同じだ。ジーンズがこれだけ多くの人に履かれるのも、天然素材で作られ履けばはくほど『アジ』が出るからで、これが一番の魅力だと思う。私は高校生の時に買ったジーンズを今も履いている。お尻の部分は穴が空き、パンツが見えるくらいなのだが、長年履き込んですごくいい『アジ』がでている。これが化学繊維で作られたものならこうはいかない。最初はいいが、エイジングと共に『ボロ』になって捨てられてしまう。どちらが長く履かれるかは自明の理だ。

     しかし、ここで問題なのは、エイジングを『アジ』として見ることができるか?である。いくら天然素材とはいっても履き古されたものは、たんなる『ボロ』としてしか見られない人もいる。裾をほつれさせるようなエイジング加工も祖父母の世代からすれば、『ボロ』にしか見えない。10年前に穴の空いたジーンズをはいている人はほとんどいなかった。しかし、今では穴だらけの加工をしたジーンズをはいた若者が街に溢れている。こうした“美意識”も時代の産物だ。そして、メディアやインターネットでいろいろな情報が簡単に入手できる現代は、単一化された“美意識”が作られやすい。そうした中で、昨年Doveで有名なユニリーバが作った広告を引用しよう。

    ■ Doveの広告 2005年10月
    どうして日本の女性は
    自分の美しさに自信がもてないのでしょう
    日本女性の10人のうち約9人が、
    このように感じていることをご存じですか。
    アジアの女性たちの、いちばんのファッションリーダーなのに、
    いちばん「自分に自信がない」のも、
    じつは日本の女性たち。ちょっと不思議ですね。
    それはもしかしたら、わたしたちが、
    誰かに決めつけられた画一的な“美しさの定義”に。
    長いあいだ、縛られていたからかもしれません。
    でも、Doveは信じています。
    “ほんとうの美しさ”は、けっしてひとつではないと。
    話しませんか、美しさについて。

    写真左 一重まぶたの女性の写真
    □ はれぼったい?
    □ あいくるしい? 
    大きな瞳だけがかわいらしいなんて、誰が決めたの?

    写真中央 白髪の女性の写真
    □ 白髪?
    □ 華やか?
    なぜ、女性は白髪になることをイヤがるのでしょうか?

    写真右 そばかすのある女性の写真
    □ いらないもの?
    ほんとうに、“シミひとつない肌”だけが美しいの?

     当時この挑戦的なコンセプトの広告が話題になったようだ。当たり前と言えば当たり前だから私としてはあまり驚かなかったが、あらためてこういう風にメディアから言われないとだめなの?日本人は?と思ってしまった。しかし、こうしたテーマ設定での広告はめずらしいのでブックマークしておいた。

     個人的には美容的なアンチエイジングには全く興味ない。どうせ年取ればなくなるものなのだから、芸能人のマネしてそんな物になけなしのお金と時間をかけるより、年を取ってもなくならない知識や教養を得た方がいい。そう思っている。所詮、外見だけ磨いても張りぼてにすぎないし、生き活きと生きている人はそれだけで美容的なアンチエイジングよりも何倍も美しく見えるのだから。必要最低限、自分が持っているモノを美しく見せる努力はしてしかるべきだと思う。しかし、今のこの単一的な価値観しかない状況は異常だ。

     いろいろなメディアの影響で、みんな普通にお洒落するようになった。エビちゃんOLなどと聞くと鳥肌が立つのだが、そんな張りぼてにはまったく魅力を感じない。逆に、こうした時代にお洒落には興味がないと言ってのける人の方が興味ある。そう言えるのもお洒落であることが普通な時代に、自分なりの価値観を持っているからだ。普通であることは何も考えなくていいので楽だし、風当たりもない。しかし、自分の価値観を持つというのはなかなか大変なことだ。普通であると思っている人に、そうではない価値観を説明するのは至難の業だ。なにせ相手は普通であることを疑ったことがないから普通でいられるのだから。普通という言葉も使い方が難しいが、ここでは「一般的に認められている価値観や共通認識」とでもしておこう。

     ‘普通’のお洒落と‘個性的’なお洒落もまた意味が違う。普通のお洒落は「時代に乗り遅れたくない」「お洒落じゃないのはダサイ」など非積極的なものが多い。しかし人とは違う個性的なお洒落の場合、ある程度自分の価値観やものを見る目に自信がないとできない。そこにはそのひとなりの価値観の自己表現を見ることができる。千利休は千人に一人の目利きだと言われていた。それは自分の「見る目」に絶対的な自信を持っていたからであり、世間に認められた目利きであった古田織部はこうした千利休の「見る目」は自分は持てないと言っていた。あくまで自分価値観を押し通した利休にたいして、織部は世間の目をもってものを見た。織部を普通のお洒落と同じと見るのはかわいそうかもしれないが、この違いはおもしろい。普通にお洒落をするのも実は「自分に自信がないから」であり、お洒落もひとつのカモフラージュである。ファッションリーダーである日本人女性が「自分に自信がない」のもある意味それは必然なのかもしれない。


    ■ エイジングの結晶 ベトナム カンカウマーケット 
               感動するほど格好良かった花モン族のおばちゃん



    ■ ベトナム バックハーの花モン族、ザオ族のおばちゃんたち


     エイジングはファッションならよくて、人間には当てはまらないか?けっしてそうは思わない。年輪の刻まれた老人の顔には若くて綺麗なだけの若者にはない魅力を感じる。アンチエイジングなどと言う言葉すら聞いたことのない東南アジアで出会った彼女たちのこのシワに刻まれているのはまさしく『アジ』であり、けっして『ボロ』ではない。アンチエイジングはどうしても無理がある。理想的なのは格好いいエイジングだ。女性たちがアンチエイジングをありがたがるのは、男性がそうした女性像を求めている影響も大きい。メディアが作り上げた虚像をありがたがる前に、50年後の自分の顔を鏡を見て想像して欲しい。そこには『アジ』のあるシワが刻まれていますか?



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    この記事に対するコメント

    長いコメントをくれた皆さん 本当にありがとうございます。こうして皆さんにいただいたコメントは確実に私の糧になり、意見は考えのさらなるブラッシュアップにつながっています。私もブログを読んで刺激を受けると、どうしても長いコメントを書きたくなることがあります。長いコメントを書くことは、その記事へのひとつの評価だとおもうので、皆さんの意見をぶつけてくれるこうした長いコメントは嬉しいです。

    コメントして頂いた方は記事に対して肯定的に見て頂いていますが、“批判”と“非難”は違いますので否定的意見を持っている方も是非コメントしてください(^^)お待ちしています。

    『書きとどめよ、議論したことを風に吹き飛ばしてはいけない』
    ガリレオ・ガリレイ

    じゅんぺい | 2006/05/01 4:03 PM
    さっきのコメント名前書くの忘れちゃった。。

    ところで家具メーカーよいとこあった?
    はままき | 2006/04/23 10:34 PM
    世間的に見た年齢と、自分の内面的な年齢イメージとのバランスがうまく取れていないと思う時が最近よくある。

    40歳になれば自信をもってかっこいい中年してもおかしくないかなと意識できると思うけど、いまはまだ中途半端な年齢だ・・。

    そのギャップを埋めるために、結果自分が思っている若さに近づけようとしちゃうんだよな・・・。

    とはいえ一番重要なのは表情よね。
    お肌ぴちぴちでも表情が死んでれば意味ないわけで。
    表情を作るのは日常なわけで。濃厚な日常を生きるのが一番のそして自然な恒久的アンチエイジング?
    | 2006/04/23 10:31 PM
    アンチエイジングの風潮についてと
    日本の女性が自信を失っているのは
    1)伝統にのっとたファッションや美しさの定義やルールが学べなくなったから。
    2)褒めてくれる、輝かせてくれる男性がいないから。。。欧米に行くとよくわかります。習慣の違いっていえばそれまでだけど、恋愛でなくても女性として扱うことのうまさ、ちょっとした行動や言動で、別に気がなくてもうれしくなるもの。
    私が見てきたフランスやイタリアの仲の良い夫婦は毎日、いたわり、思いやり、気遣うことを夫婦通しでおこたらないことにびっくりしました。中年以上の方ほど素敵でした。

    人間て環境や立場で人が形成されていくものなので、そういう意味で現代の日本は女性にとって女性であることを否定しなくてはいけない社会になっているんですよ!男性諸君!(笑)はやく気づいておくれ!!
    それは少子化、晩婚、子育ての社会保障、制度全部つながるんです。

    ちっともわかってないよね。。。日本の男性陣は。(笑)
    特に政治家と官僚。

    じゅんぺいくんておもしろいね〜。
    yt | 2006/04/23 2:25 PM
    まず、本文とは関係ないところで、右隅から出てくる「Driving Cube」、面白いね。ちょっとログイン繰り返しちゃったい。

    「DOVE」の広告は自分も対して衝撃的とは思えないけど、広告としては”珍しい”とは思うね。商品が見えてこないところが。でも商品コンセプトのアピールにはなってる所に抜け目無さも感じるけど。この種の手法(ちょっと意図する方向は違うけど)は以前ベネトンがオリビエーロ・トスカーニをADにしてもっと突っ込んでやってたから新鮮さはないよ
    ね。

    あ、脱線した。

    でも、自信を持つってどうすればいいのか分からない。本人が「しわなんて一つもあっちゃダメなんだ!」って確信してるところに「そんな事無いよ」と言ってみた所で聞いちゃいないだろうし。
    上の「DOVE」広告にしたって、「自分に自信がありますか?」と聞かれれば、俺も「無いです」って答えるよ。無い訳じゃないけど「ある」というだけの確信をもって生きてるわけでもないから。(というよりそんな事ほとんど考えない)

    「ある」、と「無い」との間の「もやもや」の存在が言論や広告なんかにもこれほど肯定されてるのに、むしろ「もやもや」なのが普通なのに、なんで未だに価値観に二項対立がはびこってるんだろうね?

    エイジング⇔アンチ・エイジング??
    はぁ?なんだそれ?って感じだよね。

    自信ってどこから来るんだ?

    ずっと感じてる事。
    結局他人に関心が薄いんだよね。それはまわり回って自分の存在への希薄感になって、「その他大勢」に埋もれてしまう事への拒絶が起きる。
    で、いろんなことをしてみても、その手法が流通された手法で、すでにカタログ化されててさ。過激にやってみても結局は「その他大勢」。。で、そんな焦りが更に手法を安易化させる。。

    「自信はありますか?」なんて問いを表出させる時点でずるいんだよ。

    個性は自己から生まれるものであって、でも他者と隔絶されて存在するわけでもないし、また、他者との違いから生まれるわけじゃなくて、ましてその隙間でもないよね。

    なんだか、薄い内容を長々とレスしちゃったけど、まだ読んでる?
    ホント、50年後の自分の顔に責任を持てる様に生きていかなきゃね。
    サワイ | 2006/04/23 12:21 PM
     まさに仰るとおりです。
    似合うとそぐわないは違うんですね。
    人に見られることだけ、それもどう見られるだろうかということだけに懸命になっている人が多すぎる。
     どう生きるか、何に生きるか、それが人間の価値を決めるんだと私は思っている。
    若い人は、かっこよく生きる(かっこよく見られるように生きる)ことがかっこいいことであると、いつの時代でも思っている。
    でも、何がかっこいいんだろう。
    そんなことより、今何を懸命に生きているかがその人のスタイルを決めるわけだし、結果として、素敵な人に見えるわけですよ。
     kimiさんには申し訳ないけれど、(否定するつもりはないけれど)中年親父でan-anやnon-noみたいな本をわざわざ買って「ちょい悪おやじ」になろうといわれて雑誌と同じ服を買ってくる馬鹿が本当にいる。情けない限りです。
    定年間近になり、なにもないおじさんには、中身がない男には全く茶番だし、そぐわない話ですよ。
     実は、自分らしく生きる、ということが一番難しいわけで、いつも自分に負荷をかけ、自己採点をして、自分自身を知ること。それは、時には自分と他人との比較を(見た目だけではない)冷静な目で的確にできることが必要なのです。
    要するに、楽な方に流れることになれてしまっているひと、というのがファションに敏感に反応するのです。

     じゅんぺいさんの書かれること、それはじゅんぺいさんが仕事にも遊びにも真摯に取り組んでいる様子が文章からも行間からも読みとり事ができ、本当に好きですよ。
    Teddy | 2006/04/23 12:20 PM
    若く見られるけど、実は意識して若作りはしてなかったりする。
    歳を重ねることはアタリマエだし遡ることも出来ないし、
    味のある歳のとり方していきたいって思ってるんだけどね。
    だけどきっとまだ自信がないんだよね。
    歳をとっていくことに対して。
    ゆり | 2006/04/23 11:37 AM
    最後の一言、気持ちいいですね!
    最近LEONが気になる23才ですw
    確かに10代後半と体が少し違ってきたのをこの頃感じます。大学で健康科学を学んだのでこれからどうなっていくのか、何が必要なのかも大体わかっていますが・・・。

    意図的につくられた価値観の中での生活は結構自分でも気付かないもんですね。
    色んな視点から日本を見てみよう、先ずはここカナダからw
    kimi | 2006/04/23 11:31 AM
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