こころとからだの建築家BLOG

住まいの統合医療で50兆円にせまる医療介護費を半減させる!!
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ジコブン(自己分析)で憂鬱??

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     先日、朝日新聞のコラムで就職活動中の学生が自己分析で憂鬱になるという話があった。彼等はいくら自己分析しても自分のアピールポイントが見つからないという。GREE設立者の田中氏もコラムでこのようなことを言っていた。
    「大学で会った友達は、偶然一緒の場に居合わせたにすぎないけど、学外で出会った志があるインターネット仲間は自分から外に出て出会った友達だ。その差は大きい。普通に学生生活をしていると、自分が何かを失っている事さえも気づかない。

     大学に入り、サークルやバイトをしてゼミに入り、就職活動をする。かつての学生生活の王道だ。しかし、これはあくまで受け身の行動にすぎない。受け身の中でいくら頑張ったとしても、それはあくまで受け身の範疇でしかない。

     大前研一は『茹で蛙(カエル)』という表現をよく使う。
    「蛙を熱湯に放り込めば、あわてて飛び出すが、水から徐々に温められると、気持ちよく茹で上げられて、反応しなくなり、やがて死んでしまう。」
    「茹で蛙」国家 日本の末路 大前研一・田原総一朗 ビジネス社 
    というものだ。今の日本はまさにそうした状態だという。

     豊かさを目指してきた間は闇雲に走り続けていればよかった。しかし、生まれながらに豊かさを享受してしまった世代はどこを向いて走ればいいのかわからない。自ら考えなくなった受け身教育のツケか、親もそれを方向付けしてあげられない。

     大学の4年間も意味のある4年だったと言える人がどのくらいいるのだろうか?私も大学に8年(学部+修士+研究生)通っていたが、その間に得たもの、学外でいろいろな活動をしていた学部時代もそうだが、特に修士以降の4年間に自ら得たものは、これから50年の人生の核になるものだと自負している。そして学生時代よりも今の方が夢が大きい。年々夢が大きくなっているのには自分でも驚くが、それは社会に出て、社会を知り、自分の専門だけでなく広く知識を吸収し、こうして文章化するというプロセスを経ているからだと思う。忙しく仕事をこなしているだけではこうした時間も取りにくい。あえて仕事をしない時間も重要だとつくづく思う。

     当たり前のものを当たり前だと思わないこと。「なぜ?」と感じるのは子供の時と一緒だ。授業や講演会でも「なぜ?」を感じずなんとなくわかった気になって質問もしない。そのせいで最近の講演会では質問の時間もほとんど取られなくなっている。大人になった今、「なぜ?」と感じるだけではなく、「どうすればいいのか」を考えなくてはならない。「なぜ?」さえも思わない『茹で蛙』にはなりたくないものだ。

     三浦展は『「かまやつの女」時代』でだぼだぼのルーズな格好の女の子達をこう評価する。「ゆるく」「マイベース」で「価値観がない」「なんちゃって自立系」
     男性も気になるが、専業主婦以外にも自由に生き方が選べるようになったはずの女性の方がもっと気になるという。
     「かまやつの女」はいろんな意識が減退している。人生を人任せにもできなくなったのに、これからどうするのかな、と。」
    (朝日新聞 20050515 「著者に会いたい」より抜粋)


     私も男性よりも、女性のこれからの方が気になる。街には女性が溢れ、お洒落な店に行ってもほとんどが女性だという事はよくある。男性はどこでなにをしているのだろう??とよく思うのだが、そうした元気な女性が社会では元気かというと、街での消費活動ほどではない。そうした女性達に火がつけばもっとビジョンを持った生き方が出来ると思う。

     格差が広がっている昨今、思い切って多夫多妻制(女性が多くの男性を養うケースも当然ある)にしてみたらどうなるか?などと考えてみる。

    1.収入のたくさんある人が多くの夫や妻を養うことによって、その富をなるべく多くの家族に分配出来る。

    2.子供をたくさん養ってもいけるので、少子化防止にもなる。(子孫を残す事が本当にいいのか?の議論は抜き)

    3.また大家族に戻る事によって、いろいろな意味で家族によりどころが出来る。(「お年寄りのいる街の優しさ」参照

    4.彼等の遺伝子が多くなれば、より競争力のある優秀な人種になるかもしれない。

    5.全ての人が平等であるという感覚からはほど遠く、より格差が広がるおそれが大きいので反発は必須(笑)

     自己分析についての記事はこう書かれている。
    「20年程度の人生で、華々しい体験をした人など、ほとんどいない。」
    「自己分析は自己発見のチャンス。将来何をしたいのか、どういう人生を歩みたいのか。それを知るために自己分析はあるんです。」

     こうした内容は、自ら行動を起こし何もしてこなかった人に対する慰めでしかない。ない中から自分の体験やアピールポイントを作るのは至難の業だ。

     老人が増えるから、老人ホームを造らなくてはならないと考えるのではなく、どうしたら老人ホームに頼らなくても住みよい社会にする事が出来るのかが最近やっと話題になってきた。いつの時代も同じなのだろうが、事後処理をしなくてはならない状況に陥って初めて事前に何かをしなくてはならないと思う。自己分析などの人生設計についても同じことが言える。

     村上龍の『13歳のハローワーク』はこうした状況を変えていくひとつの指針を作ったと思う。仕事や自分の将来について考えるのは21歳ではない。「事後処理」ではなく“事前処理”のタネこそ、これからの日本や世界を担って行かなくてはならない我々が蒔いていくべきものなのだ。
    PEOPLE | permalink | comments(2) | trackbacks(0) | -

    この記事に対するコメント

    池さんへ
    実は先日、池さんのブログを呼んでて、リンクから妹さんのブログをすでに読んでいたのでした(^^)今思えば妹さんの一夫多妻制の発言に影響されて書いたんだと思う。姉妹してなかなか面白い視点で書いてるな〜と思ったよ。またドイツまで読みに行かないとね(^o^)
    じゅんぺい?? | 2005/05/16 3:15 PM
    悩める主婦?でーす!!
    茹で蛙で言うと、反応しなくなって、死にそうになって、やっと気付いて鍋から出なくちゃと気付いて、もがいてるところかな?
    「自分が社会とどう関わっていくか」「何が出来るか」ってとっても難しい。けど、考える余裕のある今の状況ってとってもありがたいわ。

    ところで、多夫多妻制と少子化問題についてうちの妹も書いてるの。(うちの妹は一夫多妻制どまりだったけどね)
    http://www.doblog.com/weblog/myblog/39442
    の5月5日の日記「子供が生まれない国へ」。お暇なときにどうぞ!
    池さん | 2005/05/16 9:22 AM
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