こころとからだの建築家BLOG

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お年寄りのいる街の優しさ

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     現在、行政上の首都東京に対する関西の位置づけを考えてみると、一地方都市という事になる。しかしここには単なる行政上の役割以上の違いが見え隠れする。

     関西やほかの地方都市に行くと、東京にいるときよりも確実に見晴らしがいい。建物が東京ほど高くなく、山が見えるという地理的特徴だけではない。商店街を歩いても電車に乗っても、どうも視界が開けて見える気がしていた。以前は東京の若者の方が背が高いのかと思っていたのだが、そういうわけでもないようだ。実は街にお年寄りがたくさんいるから平均身長が低くなっていたのだ。


    ■「おばあちゃんの原宿」 巣鴨のお年寄り

     都心では商業圏と生活圏がかなり分離されてしまっている。そして、お年寄りが行く街と若者が行く街が完全に分離されてしまっているのだ。例えば、新宿・渋谷・原宿などは若者の街で、浅草や巣鴨などがお年寄りの街となっている。首都圏には地方ほどお年寄りが多くないし、お年寄りが外出しにくい街だというのも一因である。しかし関西ではここまでの老若の分離は見る事が出来ない。どこの街にもお年寄りが生活していて、普通に街に出てきているのだ。当然外出するとなれば電車にも乗る。関西はもちろん地方の電車のお年寄りの割合は、首都圏と比べてもかなり高い。当然年代が変われば、着ている服装も替わる。以前、若者の街「原宿」とお年寄りの原宿「巣鴨」に来ている人の服装を分析した事があったが、服装によって街の雰囲気もがらっと変わる。

     電車にお年寄りが増えれば、必然的に席を譲る回数も増える。みんなが譲れば、お年寄りには席を譲るという習慣が自然に身に付く。しかしお年寄りが少ない状態では、譲り馴れない人が多いという事になる。街にお年寄りが多ければ、歩くペースも含めた街のペースがゆっくりになる。お年寄りがマイノリティな街では、邪魔者扱いされかねない。しかし多くのお年寄りがいる街では、お年寄りがいることが状態になる。街に多くの世代がいるというのは重要な事で、お年寄りがいる街にいると、若者は自分のペースとは違う人たちがいるという現実を体感して、自然と自分とペースが違う人に配慮が出来るようになる。しかし、首都圏のようにお年寄りの少ない街でしか生活した事のない若者や、お年寄りの少ない環境に慣れてしまっている若者はお年寄りや自分とはペースの違う人のペースが分からない。最近、全く周りが見えていない人が街に多い。人の前を平気で横切ったり、突然人の前で方向転換したり止まったりする。人口密度が高すぎて、人の事を意識していられないという状態もなきにしもあらずだが、お年寄りも含めた老若男女が揃っていない街のひずみが見えているようでならない。

     首都圏自体、完全に崩壊した空襲以後の歴史が深いわけではなく、できあがった街は仕事をする人のための街になっている。しかしこれからは元気に仕事をしていた団塊世代がリタイアしてそのまま首都圏に住み、お年寄りがもっと街に出てくるようになる。そうしたときに、お年寄りと若者が分離するような街ではなく、共に楽しめるような街作りが今後かなり重要になってくると思う。こうした仕事は後の世代任せにするのではなく、今後リタイアしていく団塊世代が自分たちの花道を造っていく意味でも、自分たちの住みよい街を作るために最後の仕事として作り上げて欲しいものだ。
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