こころとからだの建築家BLOG

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『BLANK』から『BREAK』へ 〜“真の教育者”としての有森裕子

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     前回のブログ更新から早9ヶ月。前回書いた時はまさかこんなに間があくとは思っていなかったのだが、この9ヶ月という時間が私に与えた影響は時計では計ることができない。それだけ密度の濃い時間であり、9ヶ月前とは明らかに違う自分がここにいる。自信を持ってそう言えることが今は何よりも嬉しい。そう思わせてくれた4人の恩人と全ての人に心から感謝します。

     これだけの間があいてしまうと、「書かなくてもいいや」という“諦め”と「書かなくてはいけない」という“焦り”が交錯してしまい、その交点を「書きたい」という“欲求”に移行させるためには何かのきっかけが必要になってくる。そのきっかけを与えてくれた一人は私のコーチングのコーチであり、もう一人はバルセロナで銀、アトランタで銅とオリンピックのマラソンで2つのメダルを獲得した“有森裕子”さんであった。有森さんの話を聞くことができたのは、尊敬する友人 庄子氏が主宰する『ソーシャルアスリート大学』の開講記念授業のおかげである。この講演から3週間近く経つが、その時の興奮はいまだに冷めていない。そんな素敵な講演をしてくれた彼女にぴったりの言葉がある。
    The mediocre teacher tells. 凡庸な教師はただしゃべる
    The good teacher explains.  良い教師は説明する
    The superior teacher demonstrates. 優れた教師は自ら示す
    The great teacher inspires. そして偉大な教師は心に火をつける
         ウィリアム・アーサーワード(19世紀英国教育哲学者)
     この講演の中で語られたのは、「五輪2大会連続メダリスト有森裕子の成功物語」ではなく、「おちこぼれ有森裕子の努力日記」だった。知識や小手先のテクニックを教えることが教育だとされている中、講演会という短い時間の中で自身の経験や体験を熱く語り、多くの人の興奮を生み出しモチベーションを上げる事のできるスピリットを持つ有森裕子こそ“偉大な教師”であり、“真の教育者”だと実感することができた。こんな素敵な有森さんと『キッズ・スポーツ体験キャンプ』を通じて接する事のできる子供達は心から幸せだと思う。その時は彼女の心意気を理解できなくても、子供達が大人になった時に確実に意味を持ってくるだろう。実際にそうした“偉大な教師”との出会いが「努力の人 有森裕子」を形作っていったことは彼女の実体験が物語っている。

     そんなエネルギーに満ちた素敵な有森さんの講演の中で、
    『BLANK(空白)』『BREAK(息抜き)』の違い
    というエピソードがあった。
     怪我をしてしばらく練習ができない期間があると日本では「『BLANK』ができちゃったね」といわれたが、外国人選手達には「いい『BREAK』ができたね!!」と言われて、思考の違いを感じたという。
     『BLANK』ととるか『BREAK』ととるか、この違いは精神的にかなり大きい。これはスポーツに限ったことではなく、仕事でも習い事でもずっと続けていることをしばらく休むと、再開した時にぐっと成長していることがままある。スポーツであれば一時的に体を休めるという効果もあるが、一度その“対象”から距離を取ることにより、“対象”を俯瞰できるようになることで上達することもある。しばらく頭を切り換えて精神的なリフレッシュをすることは脳科学的にも有効で、速読などにおいてもこの効果がかなり活用されている。なによりも、『BLANK』というネガティブイメージとるか『BREAK』ポジティブイメージと取るかで、その時間に対する意識も全く反対の評価となってしまう。このちょっとした意識の差が積み重なればとても大きな結果として表れてくる。

     この9ヶ月のblog『BLANK』も私にとってとてもいい『BREAK』だったと思えたから気負わずにこうして書くことができている。以前のように3000文字を超えるような文章を毎回書こうと思うと尻すぼみしてしまうのだが、『BREAK』のあとは夏休みらしくラジオ体操から始めることとして、徐々にペースを上げていこうと思う。

    『BREAK』というとまず最初に思い出すのが
    Have a break,have a KitKat.』

    大好きなキットカットにあやかって
    『Have a break,have a lovely days!!』

     それではまた9ヶ月後!!(笑)

                         (08.08.26加筆修整)
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    最も人柄が出る時間 〜結婚式で垣間見た愛に溢れた家族

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       「Rちゃん、むっちゃいい子やね!!(^^)」
      従兄弟の結婚式で急にマイクが回ってきたときに思わずこう答えてしまった。

       Rちゃんは従兄弟のYのことを「お買い得品でした!!(^^)」と言っていたが私からすれば、Rちゃんこそ「お買い得品でした(^O^)」と言っていいくらいの子だと思った。そしてその彼女のそばには小柄だけど大きな存在の母と優しい姉がいた。

       彼女は小学生の頃に父親を亡くし母と姉と3人でやってきたという。失礼や批判を承知で書くが、統計的には片親の場合、子供が非行に走ったり人間関係において多くの問題がおこる割合は、両親に育てられた場合よりかなりの割合で高くなる。しかし、彼女はそんな統計や色眼鏡を一瞬にして彼方に吹き飛ばしてくれた。

       式でも彼女は何十回と「愛」という言葉を惜しげもなく使った。聖書から愛についての一説を説いた。
      「愛は忍耐強い。愛は情け深い。ねたまない。愛は自慢せず、高ぶらない。礼を失せず、自分の利益を求めず、いらだたず、恨みを抱かない。不義を喜ばず、真実を喜ぶ。
      すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える。愛は決して滅びない。」
      コリントの信徒への手紙機。隠馨錬院檻言

       そして実際に愛に溢れていた。家族と大きな愛でつながれていた。そしてそれを目に見える形で表現していた。あれだけ公の場でみんなに心からハグし、チュッチュチュッチュとキスしていた母親を見るのは初めてだ。喜びを抑えきれなかったのだろう、いや抑える必要などあるのだろうか?感情を素直に表現できるのは素晴らしいことだ。小柄な新婦の母親がすごく大きく見えた一瞬だった。そして大きな家族の愛の涙で心が洗われた素晴らしい時間だった。

       その人が育った背景と家族が見え、これから巣立っていく場面である結婚式は、その人となりが一番出る場面だといってもいいのかもしれない。

       今まで多くの式に参席させてもらったが、感動した式というのはだいたいにおいて新婦の人柄によるところが大きい。新婦が「結婚式なんて興味ない」と言い、ドレスなども新郎が決めたと言っていた先輩の式でさえも、際だったのは新婦の自由奔放さとあたたかな人柄だ。言い方は悪いが、こういう場ではいくら取り繕っても新郎はメインに添えられたマッシュポテトにすぎない。社会的な地位やプライド、男としての役割?、性格など、様々な要因があるとは思うが、こうした場での女性の肝の据わり具合は尊敬に値する。そしてなによりもその場を存分に楽しんでいる姿に感動するのだ。

       その式の価値を決めるのは式にかけた金額でも呼んだ人の多さでも料理の豪華さでも体裁でもない。「無償の愛」を誓いあう二人の“人となり”がその式の価値を決めるのだと思っている。そしてどれだけその場を心から楽しんでいるか。その楽しさと喜びは引き出物よりも長く参式者の心に残る財産だ。こうした喜びを一緒に分かち合えたこと、そして素晴らしい親戚が増えたことを喜び、心から祝福したい!!




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      今の教育に足りないものは熱意とエンターテイメント性だ 〜人となりを感じられる講演会

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         以前は建築・デザイン・アート系の講演会にばかり行っていたのだが、特に建築においては国内のメジャーな建築家の講演はほとんど聴いたということもあって、最近はもっぱらビジネス系の講演会にシフトしつつある。そこにはビジネス社会の中でと建築・デザインの位置づけと役割をきちんと考えないと、業界自体が取り残されてしまうという危機感と、自分自身のこれからのスタンスがそこにあるのではないかという読みもある。

         私が講演会を聞きに行く目的はいくつかある。ひとつは「講演テーマに興味がある場合」。もうひとつは「その人がどんな人なのかが知りたい場合」だ。講演テーマのみに興味がある場合は、本であったり、ほかの媒体でだいたいの情報を得ることもできるが、講演者の人となりや醸し出す雰囲気はそうした媒体では感じることが出来ない。「その人の雰囲気を感じられる」ところに生で聞く講演会の面白さがあると思うのだが、はたしてこうした期待にこたえてくれる人はなかなかいない。特に話好きな人が多い建築家の講演の中においても人間的に『魅力的な講演』には出会ったことがない。それは情報のみを伝える大学の淡々とした講義の延長といえるかもしれない。内容的におもしろくてその人の作品が好きでも、そうした講演会に対する私の評価は低い。講演会にも「エンターテイメント性やホスピタリティ、その人の人間性を求めるか?」と問われれば、私は迷わず“YES”とこたえる。

         小説を書く時、自身の体験や人間性が求められるように、建築やアート、さらにはビジネスにおいてもその人間性は大きく影響してくると思う。つくった人の顔が見える仕事。人間味溢れる人が作ったものにこそ、本当の敬意を表したい。企業に属している場合は、その人の顔は企業の顔に成り代わってしまう。しかしこれからの時代、企業に依存することなく個人の顔でアピールしていく環境にシフトしていっている中で、その人のもつ魅力は仕事の出来だけでは評価されることはない。ホスピタリティやエンターテイメント性を含めた表現力、コミュニケーション力や人間性が大きく問われてくると思っている。

         先日、起ちあがれニッポン DREAM GATE チーフプロデューサー吉田雅紀 (DREAM GATEとは経済産業省の後援を受けてDREAM
        GATE運営事務局が行う起業・独立支援サービス)のセミナーに参加してきた。ドリームゲートには私も起業相談などでお世話になっているのだが、この起業ブームの中こうしたサービスを立ち上げた意義はかなり大きい。セミナーや起業相談など、多くのものが無料で受けられるのだ。こうしたサービスを立ち上げた吉田氏がどんな人物なのか。このセミナーに参加した目的はそこにあった。

         場所を間違えて遅刻してきた彼はまさしく“気さくなおっちゃん”関西弁にユーモアを折りこみ、テンポよくそして熱く語りかける。話しかけるのではない『語りかける』のだ。そこには切れ者のイメージも、エリート気取りの嫌み加減もない。しかし、そのパワーには圧倒された。これは、藤巻幸夫の講演会で感じたパワーと同じだ。こうしたひたむきなパワーには誰もが打たれる。どんなに小綺麗にまとめてもこうした熱意とパワーには太刀打ちできない。団塊の世代が持っていた熱意が世代が若くなるに従ってクールダウンしていた。しかし時代はクールに装う時代からまた熱く語りかける時代に確実に戻りつつある。いや、同じ世代でもその差が激しくなっていると言った方がいいのかもしれない。

         「教師こそエンターテナーたれ!!」これは私の持論なのだが、ついさっきNHKで爆笑問題の太田が東大で教養について東大教授陣と話していた中で同じようなことを言っていた、「学生が寝るのは授業がつまらないからだよ。」「読んでもつまらない文章書いたって誰も読まないよ?」エンターテイメントの世界で生きている彼等に言われるとそれがよく分かる。学ぶことの楽しさを教えるべき教師がこれでは学生が学ぶことを嫌いになっても仕方ない。優秀な教師が予備校にいて、学校にいないのはなぜか?文部科学省も真剣に考えるべきだし、我々も教育については意味あるお金を投資するべきである。私も修士論文を書いていたとき、人に楽しく読んでもらうために図版を多用してグラフィカルレイアウトし、文章も多少くだいて書いた。もちろんテーマ選定も今までにはないおもしろいテーマを見つけだし、内容も新鮮で興味を引くものができあがった。それを同期には「これは論文じゃない」といわれ、後輩には「雑誌みたい」と言われたのだが、私からすればこれはまさに意を得たり。さらに批判されると思って構えていた、おじいちゃん教授からも最高の評価をもらい、拍子抜けしたものだ。こうしたスタンスはスノッブなアカデミズムに対する挑戦であり、アカデミズムと一般の人とのつなぎ役である爆笑問題とも通じるものを感じる。おもしろい授業をすれば学生の学ぶ意欲は格段に上がる。その為には授業の質はもちろん、そこにはエンターテイメント性が必要になってくる。お笑いをしながら教壇に立てとは言わないが、少なくとも熱意とプレゼンテーション力にユーモアとサプライズを加えれば、授業も楽しく学ぶ意識も自然と高められるのではないか。

         ドリームゲートの吉田氏は講演で「感謝−感激−感動−驚き」という事を言っていた。これはとてもうまい表現だ。感動の先が驚きという解釈は確かに頷ける。新庄が「記録よりも記憶に残る選手」と言われるのも、そこにはサプライズがあるからだ。たしかにこれには賛否両論があるし、度が過ぎれば批判もされる。しかし彼のエンターテイメント性溢れるプレゼンテーション力とサービス精神はファンを楽しませているのも事実だ。イチローは「ファンに歌を歌ったって喜ばないでしょ?」とロッテの選手が試合に勝った後にカラオケを披露したことを暗に批判していたが、ファンはこうしたサービス精神は大好きだ。「記録に残る選手」であるイチローがWBCで最近感情をむき出しにしてプレーしていたのも、クールに決める「記録に残る選手」の限界を感じたからなのではないか。


         実は偶然にも講演会の後、帰り際に話をしていた若者達についていって一緒に飲むことになった。7歳くらい年下の彼らはまさしく「日本の未来は俺等が担っていく!!」と平成維新の会を結成した「熱い」男達だった。起業を目指し、真剣に自己の成長を求めて仕事をしている。なによりもお互いをライバルとして認めあいながらも尊重している姿はすがすがしかった。私の心意気も彼らに負けることはない。これからの日本と世界を担っていく同志に出会えたことは大きな財産だ。そうした熱意は確実に世界を動かしていく。こうした人材をもっと育てていくためにも熱意のある教育者を教育の場に引き抜いてくることは急務だ。楽天の元副社長が横浜の公立中学校の校長に就任した。企業のトップにいた人が公務員の環境になじめるか、IT企業のスピードについていけるかなど課題は多い。しかし、教育者の充実なくして日本の未来はない。そのためにも社会の熱意ある人々を教育の場に登場させ、社会との接点を作ることが近道だと思っている。


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        SCM サムライ・チェーン・マネージメントとは 〜藤巻幸夫講演会にて

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           施主プレゼンが一段落したので、行きたかった展覧会などをまとめて見てきた。展覧会3つ、に講演会1つ。もともと影響を受けやすいタイプなのですぐ感化されてしまうのだが、30をこえた今、いろいろな見方ができるようになったからか、受ける刺激は学生の頃よりもさらに大きくなっているような気がする。

           そのなかでも六本木ヒルズで行われた、藤巻幸夫(元伊勢丹カリスマバイヤー、元福助社長、現セブン&アイ生活デザイン研究所 代表取締役社長)の講演会「日本のスーパーを変える〜イトーヨーカ堂のデザイン革命」は衝撃的だった。今まで行った数多くの講演会の中で一番“楽しかった”といってもいい。彼の著書「自分ブランドで勝負しろ!」などを読んでどんな人なのか興味があったのだが、そのインパクトは想像以上だった。そしてモデレーターの米倉誠一郎(アーク都市塾塾長/一橋大学イノベーション研究センター教授)もかなりぶっちゃけ&ぶっ飛んでいて人間味に溢れている。その魅力に惹かれ、こんな風になりたい!!そう思わせてくれる二人の共演だった。

           当の藤巻氏、見た目はくせもの坊主に黒縁メガネ。トークはダジャレのエロオヤジ。しかしその人なつっこさと情熱はすぐに伝わってくる。ひとたび喋り始めるとそのトークは止まることがない。ワンマンですごい冷ややかな切れ者という経営者とは対極にいる彼のすごさは「飾らない人間味溢れる人間性」と「周りを巻き込むパワー」を「トータルなセンス」で味付けされているところだ。今の職場でも多くの人を引き抜き、一緒にプロジェクトを進めているという。「彼のためなら」という雰囲気(多少強引な部分もありそうだが(笑)を作り出すパワーは彼の人柄以外の何者でもない。実際に私もそのハートに惚れ込んで、帰り際のアンケートに、「そのうちにあなたに売り込みに行きます!!」と書いてきてしまったくらいだ。エロオヤジなんて書いてごめんなさい(*^_^*)

           2時間をこえる講演の中でもSCM(Supply Chain Manegement)にかけてサムライ・チェーン・マネージメントとして“S” “C” “M”のそれぞれに5つの単語を当て込んだ15のキーワードが一番印象に残っている。

          参考
          SCMとは 
          SPAとは


          S
          Simple
          Speed
          Sence
          Smile
          しつこさ

          C
          Communication
          Commitment
          Consensus
          Collaboration
          Challenge

          M
          Marketing
          Merchandising
          Manegement
          Mind
          まきこむ

           15個のキーワードなかでも特に『Sence Smile Collaboration Mind まきこむ』の5つは彼らしく、また私が特に共感した部分だ。通常こうした時に企業のトップは建前論でしか話さない、こうした5つのキーワードも出てくることはないだろう。しかし彼は建前の部分ではなく、もっと人間くさい部分が重要だと言うことを身をもって表現している。

           “Sence”はモノや洋服の美的センスだけではなく、話し方、身振り手振り、生き方、など全てにおけるトータルセンスを意味する。私もあらゆることにおいてセンスは重要であり、これは何かを判断するときの重要な要素だと思っている。何かひとつのものに卓越したセンスを発揮する人もいるが、私は様々なもの全てにおいてトータルセンスを持っている人に惹かれるようだ。

           “Smile”これこそ彼の魅力の原点だと思う。経営者である以前に彼は一流のエンターテイナーだ。これだけ聴衆が笑う講演会もないだろう。人を喜ばせたい。そして楽しませて笑わせたい。こんな彼の話がつまらないわけがない。ちょっとした気遣いや工夫で世の中はもっと楽しくなる。
          堅くて、お〜さすが!!とうならせる内容の講演もいいが、そうした講演以上に楽しくあっという間にすぎてしまうようなスピーディなテンポで、彼の生き方を垣間見られた今回の講演は素晴らしかった。最後の質問が乱れ飛ぶような講演会はそうそう見られない。質問を捌く米倉氏もなかなかのものだった。

           イトーヨーカ堂では彼とその多くの仲間たちが5ヶ月で立ち上げたブランドが展開を始めている。まだ見に行っていないのだが、こんな彼が作ったモノを是非見てみたい。そして是非とも応援していきたい。そう思っている。



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          本当の幸せってなんだろう?

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             本当の幸せってなんだろう?よくこうした言葉を耳にするが、人の最終的な目標は幸せになる事なのだろうか?

             生物学的に見れば、子孫を残し自らの遺伝子を残していく事が最終的な目標ということになる。しかしそれすら拒否してしまうのは人間だけではないか。自ら命を絶ち、子孫を残すことを放棄し、今の自分の存在だけを肯定する生き方は、自らが作り出した様々な観念の中で生きている人間だけが持ってしまった神の手なのかもしれない。

             最近読んだ本の中で、たまたまアーティストに関する本がある。「ただの私」オノヨーコと「芸術は爆発だ 岡本太郎痛快語録」岡本敏子 の2冊だ。オノヨーコと岡本太郎の2人は作風も違うし、年代も違う、その二人の共通点は世間から見れば完全なアウトサイダー。幼い頃の経験や海外への渡航にも似たような所がある、そして共通して持っていたのが徹底して「自分であり続ける」という意志だった。
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            佐藤可士和の仕事 − 銀座アップルストアの講演会

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               アートディレクター佐藤可士和の名前を知らなくても、CMは知っているだろう。彼の事を知ってからというもの、過去に面白いと思って印象に残っているCMや広告がほとんど彼の仕事だという事に驚くと共に、そうしたクリエーターがいる事が嬉しかった。
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              ジコブン(自己分析)で憂鬱??

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                 先日、朝日新聞のコラムで就職活動中の学生が自己分析で憂鬱になるという話があった。彼等はいくら自己分析しても自分のアピールポイントが見つからないという。GREE設立者の田中氏もコラムでこのようなことを言っていた。
                「大学で会った友達は、偶然一緒の場に居合わせたにすぎないけど、学外で出会った志があるインターネット仲間は自分から外に出て出会った友達だ。その差は大きい。普通に学生生活をしていると、自分が何かを失っている事さえも気づかない。

                 大学に入り、サークルやバイトをしてゼミに入り、就職活動をする。かつての学生生活の王道だ。しかし、これはあくまで受け身の行動にすぎない。受け身の中でいくら頑張ったとしても、それはあくまで受け身の範疇でしかない。

                 大前研一は『茹で蛙(カエル)』という表現をよく使う。
                「蛙を熱湯に放り込めば、あわてて飛び出すが、水から徐々に温められると、気持ちよく茹で上げられて、反応しなくなり、やがて死んでしまう。」
                「茹で蛙」国家 日本の末路 大前研一・田原総一朗 ビジネス社 
                というものだ。今の日本はまさにそうした状態だという。

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                JR福知山線脱線事故の報道を見て その2

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                   事故の報道を見て感じた事をもういくつか。人々の違い、文化の違いだけで片づけられない人々の人情味溢れる気持ち。

                  ■ 事故で子供を亡くされた親御さんの言葉
                  「運転士も一人の犠牲者です。彼の親御さんの気持ちを思うと、我々も頑張らなくてはいけないなと思います。」
                  「いつかどこかで死ぬ運命だったんです。それが少し早くなっただけなのです。」

                   自分が同じ立場だったら持って行きようのない気持ちを押し殺して、こうした言葉が出てくるだろうか?これが首都圏だったら?

                  ■ ある大学教授の言葉。
                    「あの辺りは関西の中でも特に人情味溢れるいいところなのです。」
                    
                  ■ 全社員が救出活動をしに走った会社がある。
                    この会社の株価は上昇中。まさに“株が上がった”

                  ■ 献花に訪れた被害者の知人がJR職員に対して
                    「どんだけ悲しいか、わかっとんのかい」
                    怒りと悲しさの中に見えるあたたかさ。

                  ■ 大阪出身の母親はいう。
                    「関西なら道ばたで倒れても、放って置かれることはない。」
                    「東京だったら道ばたで死ぬかもしれない。」
                    そうした社会に住んでいるというのは、すごく切ない。。。
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                  日本を“フルーツバスケット”!!

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                     今でも行われている遊びなのだろうか。我々の世代のゲームの代表格といえば、“フルーツバスケット”だ。クラス全員で円形に椅子を並べ、緊張しながら自分の選んだフルーツを聞き逃すまいとドキドキしていたあの頃を思い出す出来事が続いている。

                     「お金持ち」「プロ野球」「競馬」「M&A」「テレビ局」・・・日本を“フルーツバスケット”の渦に巻き込み次々と声を発しているのはライブドアの堀江社長だ。このゲームは誰かがフルーツの名前を言わないと何も始まらない。発せられる声を全員が耳を澄まして聞いている。次は自分の番か、まだ先なのか。こうした緊張感こそがこのゲームの醍醐味だ。私は“フルーツバスケット”と叫ぶのが大好きだった。この一言で全てが変わる。自分のフルーツが呼ばれたくないな〜と思っている人もいれば、早く動きたくてうずうずしている人もいる。今思えばあのゲームも社会の縮図だったのだ。
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                    こしょばゆい言葉

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                      コンテンツという「言葉」の限界 (1/2)

                       少し前からなんだかくすぐったい言葉だな〜と思っていた言葉がある。「コンテンツ」「ソリューション」というのがそれなのだが、今となっては立派な日本語になってしまっている。少し流行ればみんながみんな同じ事を言い出す。そこに内容が伴っているかどうかははなはだ疑問だ。ユーザーがそうした戦略に騙されやすいからこうしたことが起こるのかもしれない。内容はともかく一見それなりに見えるこうした言葉の使い方には注意が必要だ。

                       ちなみに上記のコラムを書いている西正氏の記事は面白い。放送・通信関係がメインなのだが、視点の取り方と読みやすい文章は参考になる。拍手
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