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21世紀はどんな時代だろうか?2〜『生物としての人間の本質』を求めて

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     前回の更新から2ヶ月弱。すぐ書くつもりでいた第二部がなかなか書けずにいた。第一部を書いた時は第二部を「生活文化の再構築」とすべく内容を書きためていたのだが、いざ第二部の構成を練り始めるとこのテーマの中では話が納まり切らなくなっていった。

     「生活文化の再構築」で書こうとしていた内容は、日常生活の中で本来は必要がなかったり、単に習慣的に使っているものが多くあるという指摘だった。たとえば一例だけ挙げると【食器用洗剤】がある。私も習慣的に使っていたのだが、今は油をあまり使わなくなったのもあり、食器用洗剤は全く使わなくなった。多少の油でも熱いお湯と亀の子たわしで十分に落ちる。そもそも全ての汚れを新品のように落としきる必要があるのか?という疑問もあるのだが、ここにはエコロジーやエネルギー資源の節約といった発想はない。そこにあるのは「そもそも生活においてそれが本当に必要なのか?」というしごく根本的な問いである。これは一つの例えではあるが習慣に支配されて本質を見失っているものは生活の中にたくさんある。そしてこうした状況を再考する事が『ニュートラル』に戻るための一つの考え方ではあると今も思っている。しかし突き詰めて考えていくと、さらにもう一歩踏み出すことが必要だと思うようになった。

     そこでこの第二弾ではさらに『ニュートラル』をさらに掘り下げて話を進めていきたい。
    『われわれは余りにも知りすぎている。
                 そして余りにも感じなさすぎる。』
                     バートランド・ラッセル
     この言葉はほとんど全ての感覚を視覚に依存してしまっている現代人には示唆的だ。野生の動物は生きていくために食べ物のある場所を探し、獲物を求めて山野を巡る。こうした環境で必要になってくるのは食べ物を見つけ出す感覚と知恵、それに身体能力であり感覚が鋭くなければ生き残ることはできない。片や外敵や自然の脅威をコントロールしながら《安心・安全な居場所》を目指して人間が作り上げてきた《現代都市》は、もはや何も感じることがなくても生きていくことができる位にまで発展してきている。むしろこの社会で生き残っていくためには「鈍感な程いい」というねじ曲げられた状況すら呈している。果たしてこれが我々の目指すべき姿なのだろうか?そしてこれが本当に“進化”といえるのだろうか?

     先日、あるお寺の住職に貴重な話を聞くことができた。それは世界三大荒行(日蓮宗の大荒行・インドのヨガ・天台宗の廻峰行)のひとつ、日蓮宗の大荒行に住職が行かれた時の話である。この荒行は11月1日から翌2月10日までの真冬の100日間に渡って行われる過酷な修行である。通常、荒行についての話をするのは御法度らしいのだが、このままでは文化が継承されなくなってしまうのを危惧した住職はもっとオープンにするべきだと考えて話す機会を設けてくれた。
    日蓮宗の大荒行
    起床は午前2時半。1日7回寒水に身を清める水行(3時、6時、9時、12時、15時、18時、23時)を行い、食事は1日2回(朝5時夕5時)梅干し一個と白粥をすすり、あとはひたすら読経と写経に明け暮れる。真冬の寒さの中、睡眠時間もほとんどなく、食事も満足に取らず、まさに身体的に極限状態まで持って行くため過去には衰弱死することもあったという。 (参考HP
     こうした荒行の中で住職は「自分の身体感覚がどんどん研ぎ澄まされていく」のを感じたという。例えば食べ物について。満足に食事を取っている状態ではほとんど感じることのできない食べ物の温度感覚が、半飢餓状態で身体感覚が研ぎ澄まされることによって蘇ってくるという。芋を食べれば体温が上がり、キュウリを食べれば体温が下がるのがわかるようになるという。これは季節のものを食べることが理に適っていると身をもって感じていることになる。さらに光の入らないお堂内での修行で、戸を開けた時の光に対する感覚や方角に対する感覚も研ぎ澄まされるという。色にたいしてもほぼモノトーンの景色しかない修行中から都会の色の洪水に戻ると、溢れる色に酔ってしまうという。色の洪水に慣れて鈍感になってしまっている我々には感じることができないが、極限状態で身体感覚が敏感になっていると色の持つ微細なエネルギーを敏感にキャッチしてしまうのだろう。こうした極限状態の感覚は動物の持つ感覚や、狩猟採集時代に人間が持っていた感覚と近いと思っている。しかしこうした《研ぎ澄まされた身体感覚》も、荒行を終えて日常生活に戻るとだんだんと元の感覚に戻ってしまうという。我々は近代化の流れの中で、安心安全な都市生活を手に入れることができた。しかしそのかわりに荒行で住職が身をもって感じたような《研ぎ澄まされた身体感覚》を完全に失ってしまっている。荒行という極端な例ではあるが、特殊な環境下において《研ぎ澄まされた身体感覚》を体現することが僧侶の格を上げるように、我々も失ってしまった身体感覚をもう一度取り戻すことが必要になってくるのではないだろうか。私はこの《研ぎ澄まされた身体感覚》こそが『ニュートラル』時代の一つの核になると感じている。

     生物としての人間の“進化”は抑圧の下でしか生まれない。なにもかも満たされて満足する状況ではもはや肉体的な“進化”は望むべくもない。むしろ現在の道を維持するとすれば、精神的、頭脳的には進化をすることができても、肉体的にはどんどん退化していくことになる。しかし完全に肉体的な退化を肯定してしまうということは、エネルギーと科学技術に依存した感覚を鈍化させる現在の道をそのまま進むと言うことになる。それではこの議論も全く意味がない。『ニュートラル』とはなにか?と問われれば我々の『肉体と精神の内側に耳を傾け、生物としての人間の本質』を見極めることだと思う。そのためには内なるアンテナを研ぎ澄まし、自らの変化や感覚を読み取らなくてはならない。脳科学や計測機器の発達と共に科学的に感覚を理解できるものも出てきてはいるが、まだまだ我々の感知能力の方が桁違いに優れている。そして一般論ではあるが、理屈で考える男性よりも女性の方がこうした感覚を大事にしている。ヨガやアロマ、ダンスや音楽、ヒーリング、マッサージ、マクロビオティックなど、特に女性に支持されているものの多くは感覚的な要素が強い。これからの時代に必要なのは理屈では説明のできない《感覚的なものをそのまま受け入れられる感性》だと思っている。

     「もう男はだめだ。
        20世紀は男性が頑張りすぎた時代だから、
           21世紀は女性に頑張ってもらいましょう」

     これは私が尊敬するデザイン・実業界の大先輩2人(男性)の言葉である。単なる世代交代を意味しているわけではない。第一線で活躍されてきた大先輩が自らの世代を自己否定できる勇気に敬服するとともに、人生の大先輩が感じていることに共感し、次第に私の中の小さな芽生えが確信に変わっていった。いろいろ調べてみると、こうした流れはすでに1970年代から確実に始まっている。いや、もっと昔から確実にあるのだが、時代の流れの中でメインストリームに隠れていただけなのだ。より感覚的なものを大事にすべき時代がもう足下にまで来ている。もしかしたら《産業革命》や《情報革命》よりも大きな時代の流れが来るかもしれない。自らの感覚を研ぎ澄まし、身の回りにあるものや生活全体、さらには生き方や社会全体を再構築すること。これこそが22世紀に向けての我々の責務ではないかと思っている。

                     (2008.11.05加筆・修整)
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    21世紀はどんな時代か? .ーワードは『Neutralニュートラル』

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       子供の頃、漫画の世界に夢見ていた21世紀という“明るい未来”も実際に10年近く経ってみれば現実となって淡々と過ぎていく日々の積み重ねである。この淡々と積み重なっていく『21世紀はどんな時代か?』と問われたらどんな答えが出てくるだろうか? そして22世紀はどんな時代になるのだろうか?

       私は21世紀のキーワードは『Neutral ニュートラル』、すなわちあらゆるものを『ニュートラルな位置に戻す時代』だと確信している。しかしはたしてニュートラルな位置とはどこなのか?そんな位置は存在するのか?答えのない禅問答になることを覚悟で問い続けてみようと思う。

       人間はここ数十年いろいろな意味で“無理”や“無駄”をしてきた。環境問題やエネルギー問題、食糧問題を無意味に煽るような事は好きではないのだが、これらの問題は人間のここ数十年の“無理”と“無駄”が引き起こした事態であることは確かである。

       日本におけるエネルギー消費はここ50年で10倍になっている。石川英輔の『江戸と現代 0と10万キロカロリーの世界』では書名の通り、江戸時代のエネルギー消費量が0だったのに対して、現代は10万キロカロリーを消費している事実から両時代を比較し、我々は10万倍幸せになったのだろうか?と問う。
      0 キロカロリーの江戸時代
      1万キロカロリーの昭和30年(1955年)
      5万キロカロリーの昭和45年(1970年)
      10万キロカロリーの現代
                  (化石燃料ベースの数字)
         石川英輔『江戸と現代 0と10万キロカロリーの世界』より
       文明が発展し、豊かな現代生活を享受している我々に豊かさを否定できる権利はない。唯一できるのは、ただひたすらに求めてきた豊かさをもう一度見直し、我々人間にとって『ニュートラル』な状態とはなにか?そして『ニュートラル』な位置とはどこなのか?を問い続けることである。

       ここでいう『ニュートラル』は、『サスティナビリティ(=持続可能性)』とも意味合いが違うものである。『サスティナビリティ』は永続的な発展をベースにしている考え方であり、極論してしまうと環境問題やエネルギー問題がクリアできればさらに発展を目指すというスタンスである。

       それに対してここでいう『Neutralニュートラル』というのは、持続可能性は最低限のノルマであり、無闇な発展がベースになっているのではない。ベースにあるのは生物としての人間にとって最適な状態、言い換えれば一番“自然な状態”があり得るのだろうか?という大上段に構えた問いである。

       ここでなぜ『Natureネイチャー』ではなく、『Neutralニュートラル』としたのかを書いておきたい。本来であれば『Neutral Nature』とでも言いたいところなのだが、『Nature自然』とストレートに出してしまうと、「Return to Nature 自然に帰れ」と言うように、単純な“自然回帰思想”になってしまい、だんだんと私の意図から外れていってしまう。基本的に“自然回帰”とは“科学技術”とは相容れないところに存在する。世界人口が数億人程度ならまだ“自然回帰”の可能性はあるかもしれない。“自然回帰”の程度の差こそあれ、現代社会はもはや自然回帰と一言で言ってそれに倣えるような状況ではないのだ。私が考える『Neutralニュートラル』思想に置いては“科学”のチカラは必要になってくる。むしろ最大限に活用しなくてはならない。“科学技術”をどう使うのか?そのための思想を何処に求めるのか?これこそが我々の前に提示されている大きな課題である。

       そしてもうひとつ、老荘思想に“無為自然”という思想がある。
      老荘思想の基本的立場を表した語。人為的な行為を排し、宇宙のあり方に従って自然のままであること。   三省堂 国語辞典より
      “無為自然”も思想的には私の言う『Neutralニュートラル』と近いのだが、江戸時代よりも遙か昔の老荘時代(紀元前3-5世紀)は当然“持続可能”な社会であり、現代のように“持続可能性”について考えなくてはいけない社会が到来することなど想像も付かなかっただろう。そう考えると、思想的には“無為自然”の持つ奥深い意味を持ちながらも、そのまま現代に当てはめる事には無理が生じるので『ニュートラル』という言葉使っているのだが、他にいい言葉があれば是非ご教授願いたい。

       かなり抽象的な説明になってしまったが、次回はわかりやすく、より生活に根ざした視点から『ニュートラルな位置に戻す時代』を考えてみたい。

                        (加筆・修正 08.11.01)

      (21世紀はどんな時代か?◆ 繊慇己としての人間の本質』を求めて へ続く)



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      相手を思う “もてなしの心” 〜ホスピタリティとコミュニケーションの相関

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         お店での店員さんとの会話はとても楽しい。興味があるものはとりあえず話を聞いてみる。基本的な商品知識やコンセプト、オススメはもちろん、知識豊富な店員さんとみるや背景や裏事情、もちろん仕事柄内装についても聞いてみる。本音を言えば街でとってもおしゃれな人、いい鞄を持ってる人とか、かっこいい服を着ている人を見ると話しかけたくなるのだが、残念ながらそうした欲望はいつも抑えなくてはいけない雰囲気がある。特に日本においては・・

         そんな日本、特に東京では飲食を始めいろいろなお店で店員さんに話しかけると、一緒にいる友達から「よく話しかけるよね」と言われる。私からすると自然な行為であり、逆に知りたいいろいろな情報を持っている店員さんと「なんで話さないの??興味ないの?」といつも思ってしまう。モノに興味がある。食べ物に興味がある、そして人に一番興味がある。だからもっとその人の話を聞きたい。こだわりのある話を聞きたい。同じ場に居合わせた偶然を喜び、一緒に楽しみたい。至極自然な気持ちではないだろうか?しかし、こうした自然な気持ちを抑えなくてはいけない社会がある。その背景にはホスピタリティとコミュニケーションのねじれた関係が見て取れる。

         たしかに売り手と買い手の間には絶対に外すことのできない一線が存在する。しかし“お客様は神様”と暗黙の上下関係を作ってしまうと、そこに大きな問題をはらむことになる。単純化してしまうと、神は寛容な存在だが、客は神にはなれない自分勝手で我がままな存在なのだ。その違いが実は売り手と買い手の関係をねじれたものとし、ホスピタリティとコミュニケーションのねじれた関係を作りだしている。客商売の理想としての意味は理解できるが、客がそれに便乗すると本末転倒になってしまう。我がままな神はもはや神ではありえない。

         例えばお笑いにおける“ぼけとつっこみ”はコミュニケーションのわかりやすい形式のひとつである。一昔前の話かもしれないが、関西人は関東では“ぼけ”がスルーされるといって嫌っていた。考えてみれば当たり前の話なのだが、コミュニケーションが成立しない状況は、お店スタッフの「いらっしゃいませ」の挨拶に何も応えない客と同じなのだ。関西人からすれば“ぼけ”も一種のホスピタリティなのだから。

         近年、コミュニケーション能力の低下があちこちで叫ばれている。実は人間の身体も通常は臓器と臓器、細胞と細胞がお互いコミュニケーションを取り合うことにより生命を維持しているという。そう考えると身体は60兆個(毎日15兆個が再生)の細胞が住む精密で繊細な巨大コミュニティといえよう。しかし例外がそこにはある。ガン細胞がそれだ。ガン細胞はまさに他者とコミュニケートできない細胞なのだ。やっかいな人、コミュニティに入り込めない人を「がん」というが、これは他者とコミュニケートいできないという意味で的確な表現である。そしてそのガンによる死亡率が数十年前に比べ飛躍的に伸びてきており、同様に人のコミュニケーション能力の低下も著しいという同じような状況が見て取れる。この2つを直接的に結びつける事は現段階では無理があると思うかもしれないが、コミュニケーションという視点で見た“生物としての身体”と“コミュニティ”のアナロジカルな関係はとても象徴的な事例である。

         話はすこしそれるが、以前にスキンシップについて少し書いた。さらに最近はスキンシップによるヒーリング効果にも注目しており、バーバル(言語的)なコミュニケーションだけではなく、スキンシップなどノンバーバル(非言語的)なコミュニケーションの役割を再認識して体系化できないか注目している。西洋医学の限界をこえるための代替医療はもちろんだが、人間の身体を中心として、コミュニティ全体やお互いの関係性の中における人間という存在を医学的に俯瞰するような思考は今後さらに進んでいくだろう。人間の身体は数千年も変わっていないが、まだまだ人間の生物学的な進化が社会の変化に適応しきれていないといえる。これまでの人間の進化という意味ではなく、この部分を補うため、一度ゼロに戻すような方法論が必要だといえよう。

         ホスピタリティについては店のプライス相応のホスピタリティなのだという人もいるだろう。たしかに入社後教育されたホスピタリティはそれだけコストもかかっているのでプライス相応かもしれない。しかし、一杯500円のラーメン屋でも、700円の定食屋でもホスピタリティとこだわりの溢れる店は存在する。残念ながらコンビニやファーストフード店では客と店員との接点が少ないだけにホスピタリティもコミュニケーションも感じにくい。だからといってホスピタリティがなくてもいいというものでは決してない。コンビニだから、ファーストフード店だからこの程度で仕方ないという消費者の見方はホスピタリティのあり方を低下させるばかりだ。コンビニでもファミレスでも素晴らしいホスピタリティとサービスを気持ちよく受けることができるようになればどんなに素敵な国になるだろうか。実際にそうした場所でスタッフのホスピタリティに感動することもあるのだから。

         サービスにおけるマナーとホスピタリティは同じではない。マナーは教科書で学ぶ事ができるが、ホスピタリティはそうもいかない。そして基本的にホスピタリティはお金の問題でもスキルの問題でもない。相手の立場に立ってどうしたら喜んでもらえるか考える想像力の問題だ。手前味噌になるが、私も学生時代はチェーンのベーカリーレストランでバイトをしていた。バイトの身ではあるが食事の素敵な時間をお客さまと共有するために、自分でできることはいろいろと工夫してサービスし、お客さまといろいろな話をした。そしてファミレスに毛の生えた程度の店にも関わらず、お客さまにとても喜んで頂き、チップを頂いたことも何度かある。こうしたお客さんは年配の方が多い。楽しみ上手は「店を使うのがうまい」とよくいうが、まさにこうしたサービスを引き出す“店の使い方上手”=コミュニケーション上手だと言えよう。そうした場を作り出そうとする想像力こそホスピタリティの原点である。道具がなくても予算がなくても想像力が在ればできるはずなのだ。

        「どんどん我が侭を言ってください。
               どんなオーダーにも応えますよ(^^)」
                     サルバトーレ・クオモ

         ナポリピザで名を上げたサルバトーレ・クオモの言葉だ。こうした言葉こそ、料理人いやサービスを提供する人の鏡だと思う。もちろんそこには徹底した料理人としてのこだわりがある。 

         最近、夏木マリプロデュースの「つるとんたん」がお気に入りだ。なんと680円のきつねうどんでも、うどんを3玉まで増やすことができる。最初から入れてもらってもいいし、お代わりをしてもいい。そして丼ものに付くミニうどんも3玉まで増やせるのだ。そして器が軽く顔が隠れる程大きいというサプライズ。もちろん味も最高。店舗内も細部にわたって気が使われている。流行を追っているわけでも、客に媚びているわけでもない。しかしそこには単価の低いお客様に対しても「満足して帰ってもらう」というサービス業の原点が見て取れる。これで流行らない訳がない。こうした店の場合はホスピタリティに対して“また来る”もしくは“人にも薦める”という形で金銭的な見返りも循環させている。

         ホスピタリティでよく例に出されるのが日本旅館における女将のもてなしだ。旅館のもてなしは多くの外資系ホテルやサービス従事者も参考にしており、日本が誇るべき無形文化財といえるだろう。例えばアマン・リゾーツ創始者エイドリアン・ゼッカもアマン・リゾーツ創設以前に京都に滞在していた時期があり、その時の日本旅館におけるホスピタリティに影響を受けたというのも有名な話だ。そのアマンが初めて日本にやってくる。いや日本に戻ってくると言ってもいいのかもしれない。2008年京都にオープン予定だそうだ。リゾートホテルの新しい形式を作りだし、一躍世界中のセレブリティ御用達のホテルとなったアマンの原点が日本文化にある。これは日本人として誇るべきことではないか。

         しかし、いくら店のホスピタリティが優れていても、客のコミュニケーション能力が低くては片手落ちだ。サービスに対する対価を払うだけではなく、サービスを評価し、褒めることによってお互いが気持ちいい関係を築くことができる。文句(クレーム)だけなら子供でも言える。それは友人関係でもお店における対応でも同じはずなのだ。褒められて嬉しくない人はいない。現に「最近褒められていない」などというフレーズをテレビでも友人からも聞く。褒められて嬉しくない人なんていないのに人を褒められないという矛盾は単なるコミュニケーション能力、もしくは想像力の欠如だと思っている。こうしたねじれた関係を、ホスピタリティとコミュニケーション両方を関連づけて再構築していくことによって、人と人がもっと気持ちよく関わることのできるコミュニティが生み出せるはずだ。コミュニケーションにホスピタリティは必須であり、ホスピタリティにもコミュニケーションなしには成立しない。そう、人々のホスピタリティ(hospitality)が人を癒すホスピタル(hospital 病院)となるために。そして21世紀をもっとステキな社会にするために。自戒の念も込めて。

                             (2007.12.13加筆修整)
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        東西文化度比較 〜文明と文化のこれからの関係

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            散切頭をたたいて見れば 文明開化の音がする
            総髪頭をたたいて見れば 王政復古の音がする
            半髪頭をたたいて見れば 因循姑息の音がする

           断髪令が出され、廃藩置県が行われたのが明治4年(1871年)それから136年。現代人の頭をたたいてみればどんな音が響いているのだろうか。そして文明開化が行き着いた先にはどんな文化があったのだろうか。

           はじめに“文明”と“文化”の語が持つ意味を紐解いてみよう。
          【文明】  〔civilization〕
          (1)文字をもち、交通網が発達し、都市化がすすみ、国家的政治体制のもとで経済状態・技術水準などが高度化した文化をさす。
          (2)人知がもたらした技術的・物質的所産。

          【文化】 〔culture〕
          (1) 社会を構成する人々によって習得・共有・伝達される行動様式ないし生活様式の総体。言語・習俗・道徳・宗教、種々の制度などはその具体例。文化相対主義に おいては、それぞれの人間集団は個別の文化をもち、個別文化はそれぞれ独自の価値をもっており、その間に高低・優劣の差はないとされる。カルチャー。
          (2)学問・芸術・宗教・道徳など、主として精神的活動から生み出されたもの。
                         (引用元 三省堂 国語辞典)
          それぞれまとめると
          (1)
          “文明”=都市化・高度化した文化 
          “文化”=行動様式・生活様式の総体

          (2)
          “文明”=物質的所産
          “文化”=精神活動的所産

          と2つの視点から2語を見ることが出来る。私自身、今までは“文明”と“文化”についてはなんとなく同義に近いものとして認識しており、はっきりその言葉や意味の使い分けを意識したことがなかった。しかし以前から日本の東西における文化度の違いはどこから来るのか考えていて、その根底には“文明”と“文化”の志向の違いがあるのではないかと考え始めている。

           東西の文化度の違いを最初に認識したのは約20年前。中学生の時、祖父母の家に遊びに行った京都の駅においてだ。電車の切符を買うのにコインを入れようとしたら、低い位置に何枚もまとめて入れることのできる投入口があった。


          ■ 一度に何枚も硬貨を投入できる券売機

           今でこそこのタイプが普及しているが、それまでは高い位置に投入口があり、一枚一枚入れる古いタイプしかなく、全部まとめて入れることの出来た感動はいまだに覚えている。このタイプの券売機は関東ではまったく見たことがなかった。このちょっとした配慮こそが“文化”だと今は思うのだが、そのころは単純に歴史のある京都ってすごい!!と思ったのを覚えている。
           それから20年。西の文化度の高さを何度か感じてきたが、特に祖父母が住む沿線の阪急電車に乗っていて乗客の視点に立って考えられた点がいくつもある。ここで私が気づいた例をいくつか挙げてみよう。

          ■ 阪急電鉄に見られる文化度の高さ 〜先進性と保守性
          ・一度に複数枚のコインを投入できる券売機
          ・関東でパスネットができる何年も前に、
             各線共通カード『スルッとKANSAI』を実現
          ・共通カードでの改札の際、最低料金が入っていなくても入場でき、
             下車時に精算すればよいので急いでいても改札できる。
            (関東はいまだに最低料金が入金されていないと改札できない。)
          ・車両出入り口の両脇が広い
            (ここに人が立っても出入りに邪魔にならない)
          ・阪急伝統色である小豆色のマルーンカラーを守る
            (電車の色も街並みを構成する大きな要素である)
          ・壁面広告がない
            (広告に溢れている空間が乗客にとっていい空間だとは思わないから
                    阪急アドエージェンシーの回答)
          ・電車の揺れが少ない
          ・駅のベンチにクッションがついている(高齢者にも優しい)
          ・木目調パネルと抹茶色の椅子貼地の和を意識したインテリア


          ■ 阪急電車の広告が少なくすっきりしていながらも温かみのあるデザインの車内


          ■ 阪急電車の伝統色を守り続ける外観


          ■ ベンチに付けられた高齢者にも優しいクッション

           私が気づいただけでもこれだけ挙げることが出来る。そして阪急電鉄の先進性としては自動改札の設置、中吊り広告の設置などなど、これ以外にも多くの「世界初」「日本初」の試みがある。ターミナル百貨店の建設、沿線開発ともに住宅ローンを日本で最初に組めるようにしたのも阪急である。(参考HP
           
           これらの文化度の高さには、阪急電鉄・阪急百貨店・阪急阪神東宝グループの創業者であり、阪急ブレーブス、宝塚歌劇団の創始者としても知られる小林一三の思想が色濃く反映されており、顧客の利便性を第一に考える『大衆第一主義』が見て取れるのだが、こうした思想を継続して行くためにはトップダウン的な思想だけでは長続きしない。そこには広く文化的な土壌は必要不可欠であり、先進性と保守性のベストマッチングこそ高い文化度の証であり、それが関西には根付いているというのが私が感じる関西の風土であり、“文化”度の高さだ。ここでは電車環境の例を出してあげてみたが、このほかにも文化度の高さを感じる例はびっくりするくらい出てくる。それだけ東京という都会が別の“文化”を持ってしまっていると思わざるをえない。

           ここで言う“文化”はいわゆる芸術的文化財とはまた違ったレベルにおける“文化”であり、ここでは“文化”の有り様を以下の3つのレベルに分類してみることにより、“文化”と文化度についてさらに考えてみる。

            ・個人における文化(世代・性別を含む)
            ・地域における文化(個人文化の総体)
            ・芸術的文化財における文化

           “地域における文化”や“芸術的文化財における文化”はイメージがつきやすいと思う。このように通常ある程度の規模を持つ集団に対して用いられる “文化”ではあるが、現代社会においては“個人における文化”について考えることが必要だと思い始めている。なぜなら、“文化”に対する“文明”の力があまりにも大きくなりすぎて、“文化”を生み出す余地が圧倒的に少なくなっているからだ。そして、“文明社会”の方が “文化社会”よりも一般的に支持されやすい。日本も文明開化の時代から、そして戦後の貧しさの中からひたすらに“文明”を追い求めてきた。ここで気を付けなくてはならないのは、“文明”と“文化”の混同である。“文明的な生活”と“文化的な生活”は交点こそあれども一致はしない。そして物質的な豊かさを存分に享受している我々が真に文化的であるかは大きな疑問である。現代社会においては情報はネットで検索すればすみ、スイッチひとつで料理も出来、空調された環境で、便利に快適に生活できるがゆえ、文明的な生活においては、文化を生み出す余地が圧倒的に少ない。“文化”はある程度の豊かさの上で熟成されるが、“文明”に熟成はない。ひたすらに大きくなり続けるだけだ。この違いはアメリカ型社会とヨーロッパ型社会に当てはめることも出来るだろう。

           ここで“個人における文化”に話を戻そう。“文明”はひとくくりにすることが出来る中で、“文化”がひとくくりに出来ず、さらには個人にまで還元しないと把握できなくなっている背景には、特に都市部における地域コミュニティの喪失、グローバリゼーションによる地域性の喪失、インターネットによる情報の均質化などが挙げられる。これらの要因を作り出しているものはまさしく“文明”の力であり、“文明”の狭間からかろうじて“文化”が顔を出しているというのが現在の“文化”であるといえるのかもしれない。そしてこうした“文明”中心のありかたは、東京と関西を比較すれば、東京の方が色濃く見て取れ、“文明”中心社会の中には成熟した“文化”は見いだしにくい。先にも書いたが、東京よりも関西の方が確実に歴史に根ざした文化度が高いと思うのだ。そこには歴史的な背景が存在し、よりグローカルな独自文化のありかたを示しているのは関西だろう。歴史性の上に都市を構築している関西と、歴史的なコンテクストをほとんどなくしてしまった東京とでは、その文化度は違ってしかるべきだ。時間は短縮できないのと同様に、歴史は簡単には作り出せない。歴史が“文化”を作るのだとすれば、“文明”を作り出すのは人間の欲望だろうか。そうだとすれば、“文化”の分が悪いのは目に見えている。現在出てきている多くの問題は“文明”における“文化”の浸食からきており、新しい“文化”の創造は21世紀の大きな課題になってきている。こうした状況の中で、熟成することなくひたすらに大きくなり続ける“文明”を制御できるのは“文化”だけである。そして“地域における文化”の影が薄くなっている状況において必要になってくるのは“個人における文化”の集積であり、“文化”の形式も確実にかわっているのである。“個人における文化”を進化させ、それを個や一部の集団の中でに終わらせるだけでは“オタク”で終わってしまう。“文化”が“文明”と対等に進化し、制御していく、ためにはこの“個人における文化”を有効に積層していくことが不可欠である。

           ここでいう“個人における文化”とは

            知識(情報を広く収集して多角的に分析できる力)
            技術(持続可能な社会のために活用できる術)
            教養(知識と技術を有効に活用できる思想)

          であり、これは新しいことでもなんでもないが、これらを“個人における文化”と位置づけ、新しい“文化”のあり方として再認識し、さらにこれらを有効に積層していくことがこれからの時代には必要であろう。そしてここで参考になるのは、東京の先進性と国際性を目指した“文明”指向の文化ではなく、歴史性に根ざした“文化”であり、関西をはじめとする地方の“文化”である。極端な例えだが、阪神タイガース展を大阪歴史博物館で開催してしまうような歴史を作り出し、維持していく“文化”こそが実はひとつの鍵を握っていると思っている。

           「茶髪頭をたたいて見れば 何にも響かず音もせず」
           「斬新頭をたたいて見れば 平成維新の音がする」
          できれば後者を歴史に残したいものである。

                          (2007.11.09 加筆・修整)
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          すてき・素的・素敵・ステキ 〜今日も素敵な一日を!!

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             今年の正月。ある素敵な女性からの年賀状にこの言葉があった。
            「今年も素敵な一年を!!」何気ない言葉ではある。しかし、このワンフレーズがとても素敵な言葉に思えた。そしてそれ以来、「素敵」という言葉を意識的に使うようになった。

             実は私自身の年賀状には「素敵」ではなく、「素晴らしい」という言葉を使っていたのだが、これだとどうも仰々しくて、「素敵」の方が短くてしっくりくる。「あらステキ!!」などというと、女性的でおばちゃんの決まり文句のようになってしまうが、ステキに「素敵」を使いこなせる人はとても素敵に見えると思う。

             しかし、心を引かれるさま、素晴らしいさま、という意味を持つ「素敵」と言う言葉に“素”と“敵”の文字の組み合わせがいまいちぴんと来なかった。調べてみるとこの字はもともと当て字で
                江戸時代  「すてき」
                明治時代  「素 的」
                大正時代  「素 敵」
            と変遷してきており、「素 適」の当て字もある。
             素敵は、江戸時代後期の江戸で俗的な流行語として、庶民の間で用いられ始めた。
            「適わない」は「望みが実現しない」の意味、「敵わない」は「対抗できない」「勝てない」の意味で使われるため、「素晴らし過ぎて敵わない」という意味から「素敵」が使われるようになり、最も使われる当て字になったと考えられる。(引用元
             こうして語源を見ていくと「素晴らしい」<「素敵」(素晴らし過ぎて敵わない)であり、私のもっていた「素晴らしい」>「素敵」のイメージとは逆の最高の褒め言葉ということになる。

             「素敵」というたったひとつの言葉なのだが、この一言から私が受けた影響はかなり大きい。この一言によって気軽に相手を褒められるようになったのだ。これはコミュニケーションにおいてとても大事なことである。海外を旅するときも、それぞれの国の言葉で「素敵」「美味しい」「美しい」などの賛辞の言葉は覚えるようにしている。たった一言ではあるが、相手の好意に答えるこの一言によってコミュニケーションは成立する。さらにいえばボディランゲージで微笑むだけでもいい。

             これに対して、日本語ではどうだったか考えてみると、中途半端にボキャブラリーが在るが故に、シンプルな一言の強さを有効に使えていなかった気がする。例えば「カワイイ」をどんな場面でも使う事がボキャブラリーの欠如につながるとの指摘には私も同意していたが、実はそこに一言で言ってのける強さがあることに気づいていなかった。

             最近よく使うのが「今日も素敵な一日を!!」というフレーズなのだが、実はこれは相手とともに自分に向けての言葉になっている。そして「素敵」という言葉を使い続けることによって、自己意識もそれに対応してくる。嘘のような話だが、そう、確実に毎日が「素敵」に思えてくるのだ。思いこみもここまでくればたいしたもんだと我ながら感心してしまう(笑)

             そしてもう一つ。今年は多くの「素敵」な友人と巡り会えた。素直に「素敵」といえる友人の存在は「ステキ」という言葉では表現しきれないのだが、こうした人達がいると思うと、人生ももっともっと「素敵」になってくる。もしかしたらたったひとつの言葉が「素敵」な友人をつないでくれたのかもしれない。そう思うと「素敵」という一言は私にとってとても「ステキ」な言葉だ。言葉の力はすごい、そしてそれをここで文章化してさらに意識することでさらに顕在化してくる。改めて、声に出す事と、整理して文章化することの有効性を認識している。

             なんと今回のブログで使った「すてき」という言葉を数えてみると、合計40回も使っていた。たった言葉ひとつではあるのだが、こうやってインプットされてくるとだんだんと毎日が「素敵」に思えてきませんか?(^^)

             この素晴らしく「素敵」な世の中がますます「ステキ」になることを祈りながら、明日も「すてき」な一日を!!

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            真の暗闇の世界で 〜光のない闇は存在するのか?

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               「闇が欲しい」無性にそう思う時がある。都会の夜は闇ではない。旅行に行くと、都会にはない夜の闇に入り込むことができる。足下さえもおぼつかない真っ暗な夜の闇。なぜか心地よいこの感覚。身体と外気との境界さえわからず、暗闇に解けていくような感覚。逆に闇が身体に入り込み、暗闇と一体化するような感覚。皮膚感覚だけ取りだせば体温と同じ温度の湯船に使っているときの感覚に近いかもしれない。

               そして先日。今まで体験したことのない真の闇を体験することができた。
              Dialog in the Dark
              ダイアログ・イン・ザ・ダークは、日常生活のさまざまな環境を織り込んだまっくらな空間を、聴覚や触覚など視覚以外の感覚を使って体験する、ワークショップ形式の展覧会です。1989年ドイツのアンドレアス・ハイネッケ博士のアイディアで生まれ、その後、ヨーロッパ中心に70都市で開催、すでに 200万人が体験しています。
               参加者は、その中を普段どおりに行動することは、不可能です。そこで、目の不自由な方に案内してもらいます。案内の人の声に導かれながら、視覚の他の感覚に集中していくと、次第にそれらの感覚が豊かになり、それまで気がつかなかった世界と出会いはじめます。森を感じ、小川のせせらぎに耳を傾け、バーでドリンクを飲みながら、お互いの感想を交換することで、これまでとはすこしちがう、新しい関係が生まれるきっかけになります。(引用元) 
               日本でも2000年から開催され2万人近くが参加しているので、このブログを読んでくれている方の中にはすでに体験された方もいるだろう。もしまだの方は是非一度足を運んで頂きたい。それぞれ感じることも、この体験自体の意義も違うと思う。目を閉じている状態とも全く違う、目を開いていても何も見ることができない闇がそこにはある。いや、そこは闇ではない。こんな不思議な感覚は他では体験できないだろう。闇は光があって初めて意識できる。光の全くない状態では闇は存在しない。そう、闇の中にいることを意識することがなかった不思議な体験だった。

               五感がすべて正常な人は外界からの情報のうち、80%以上を視覚からの情報でしめており、その割合はここ数十年でさらに増加しているという。さらにここ30年で五感の感度は半分に落ちているという研究者もいる。その背景にPCや携帯の影響、そして自然から切り離された安全な都市における生活の影響があることは疑う余地がない。

               例えば同じ「見る」でも、我々人間は主に視覚で光を「見る」が、コウモリは超音波と視覚で「見る」。コウモリが真っ暗闇でも洞窟の中を自由に飛び回れるのも、この超音波を使っているからであり、イルカも同じだ。それぞれ、環境に適応した方法で「見る」ように進化してきた。しかし興味深いのは種類こそ違え、“超音波”も、視覚が見ることのできる“光”も共に電磁波の一種ということである。そしてこの電磁波が身体に与える影響はまだまだ未開拓の領域だ。科学的には可能性も大きいが、実際は様々なリスクも抱えている。

               現在の人間は洞窟で暮らすコウモリとは違い、日の当たる場所で生活しているので、視覚からの情報に頼ることができる。それはコウモリのような超音波を使う能力が発達しなかったのは、環境の違いにほかならない。さらに最近の脳科学研究で、実は人間の皮膚が色を感じることができることも明らかになってきた。これまでも、目が見えない人でも色を感じられることは知られていた。しかし、実際に皮膚が色を感じることができることがわかると、そこにはいままでに想像もしなかった新たな可能性が見えてくるはずだ。視覚を介さない状況で皮膚が感じ取ることのできる色の世界。この話を“Dialog in the Dark ”のアテンド(目の不自由な方)ミキティに話したのだが、彼女は皮膚で色を見分ける未知の世界に興奮しているようだった。もしかしたら将来、皮膚でものを見るように人間も進化するかもしれない。そこにはどんな世界が見えるのだろう。視覚に頼っている今の我々には全く想像ができないが、その時の世界を想像しながら“Dialog in the Dark ”を体験してみると、暗闇にも新しい今まで見たことのない色が付くかもしれない。

               視覚からの刺激は全くない状態ではあったが、素晴らしく刺激的な体験だったことは間違いない。もし目が見えなくなったら・・と、ときどき考えることがある。目の不自由な方やご家族の誤解を恐れずに言えば、「なんとかなるかもしれない」この体験によって、そしてアテンドのミキティに勇気づけられた今はそう言えるような気がする。

               闇は光があって初めて存在する。光の全くない状態では闇自体が存在しない。“Dialog in the Dark ”そこは我々の日常からすれば闇ではあるが、入った途端そこは闇ではなくなる。我々の視覚世界では表現できない新しい世界であった。

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              続・脱エネ 団塊世代の農村移住 〜もの作りの根源としての自給自足

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                 世界には自給自足の生活をしている人々がまだまだたくさんいる。彼らは現代社会に住む我々の物質的な豊かさとは無縁だが、“豊かさ”という言葉さえ多様化し再定義せざるを得ない今の時代、私が目指すのはもの作りの根源としての自給自足の生活なのかもしれない。改めてそう思った今年の夏だった。

                ■ 栃木県那須郡那珂川町大那地に叔父の買った土地

                 定年を再来年に控えた叔父が栃木の山奥に土地を買った。その面積ざっと1000坪。車で10分走らないと携帯さえ通じなく、ネットで地図を調べて見ても何も写らない山の中。敷地内をそのまま飲むことのできる清水が流れ、水が綺麗なところにしか生えないわさびも生えているこの土地で、叔父は定年後に自給自足の生活を始めるという。

                ■ 敷地内の清水 そのまま飲めるし、わさびも生えているらしい

                 敷地内には立派な板倉が二つに平屋の民家が一棟。建築を仕事にしていた叔父はこれらも自らリノベーションし始めている。敷地内の杉を製材し、内装はこの杉をふんだんに使った家にするという。建築も自給自足だ。ここでの生活では選ぶものも徹底して、建材も食材もすべてからだに悪影響のないものを選ぶという。もちろん野菜は無農薬の有機栽培で玄米食。農薬に汚染された牛から取られて出来た乳製品、肉類はいっさい口にしない。たばこと酒はからだに悪くないという説明はちょっと納得いかないのだが(笑)建材についても、接着剤に含まれるホルムアルデヒドなどの化学物質を徹底的に排除するため、キッチンカウンターの裏ですら合板を使っているものは使わない。水は井戸から引き、飲料用に清水を山の上から引いてくる。浄化槽も法定基準よりもさらに厳しく、魚が泳げるレベルにまで浄化するものを選ぶ、生ゴミはそのまま肥料として使い、夏も涼しいので冷房は必要なし、暖房は敷地内の木を薪として保存し薪ストーブを焚くなどと環境配慮も出来る限りのことをする。

                ■ ゲストハウスになる予定の2棟の板倉 この辺りは板倉がほとんどだ 

                 まだ仕事をしながらの月に1回の通い作業なので、来ては雑草を刈り、来ては雑草を刈りという作業をしながら環境を整えている。今回私は一緒に住む予定の祖母に付き添って、軽トラックを運転し、植木や荷物を運び、植木を植えたりしながらおいしい空気とマイナスイオンをたっぷり浴びてきた。まだまだ元気な祖母は日本のターシャになると息巻いている。肉体的には楽ではないだろうが、無駄なストレスに悩まされることはなく、何よりもよく寝ることが出来るだろう。しかし自然を相手にしながら、日の出とともに起き、日の入りとともに寝る。こんな生活も悪くない。

                ■ 縁側からの眺め この部分を畑にする予定らしい

                 いつの頃からか、「衣食住を楽しむ」というのが私のテーマになっていた。もちろんお金を使って“消費”として楽しむのではなく、頭と手を使って楽しむ術を考えながら学生時代、“衣”が好きでいろいろなブランドの服を見てきては刺激を受けて自分で作っていた。外で食べた美味しい“食”を自分で作ってみて楽しむようになった。建築を仕事にして“住”にも関わるようになった。しかし、ありものの布や素材や既製品で作る限界はいつも感じている。できれば服を作る布や糸から作りたい。料理する食材も作りたい。建材も既製品を選ぶのではなく自分で作りたい。こうしたこだわりが自給自足生活への憧れに向かわせているのかもしれない。

                 最近、電気釜ではなく鍋でご飯を炊いているのだが、これがまた抜群に美味しい!!さらに自分で田んぼを耕して作った米を鍋で炊いて食べることが出来れば、そのおいしさは想像を絶するだろう。農家の方に言わせればそんな甘くはないと「最初のうちだけだ」と言われそうだがそうした批判も甘んじて受けよう。

                以前にこんな公式を書いたことがある。(*参照

                  α(払ったお金)+
                   β(手に入れるまでにかけた労力・時間)+
                    γ(デザイン・機能のお気に入り度)+
                     Δ(そのものに対する思い出・依存度)
                       = 愛着度      αβγΔは各人における固有係数

                 この公式からすると、自給自足は(手に入れるまでにかけた労力・時間)と(そのものに対する思い出・依存度)が最大値に近くなる。残念ながら私はお金で買ったものには自分で作ったものほどの愛着は持てない。

                 叔父は都内にいるときでも味噌・醤油を自分で作っている。これがまた素晴らしく美味しいらしい。醤油も美味しすぎて火を通すのがモッタイナイくらいだという。一度食べてみたいものだ。私自身、今までは素材の味を味わうよりも、凝った味付けの料理が好きだった。しかし、敷地に生えているミョウガや近所のおばあちゃんにもらったキュウリやカボチャ、産直センターで買ってきた大量の野菜を帰ってから食べていたのだが、凝った味付けをしなくても塩ゆでしただけで美味しく、しばらくの間質素ながら豊かな菜食生活が続いた。

                 ちなみに、一年間の米の消費量を一人60kgとすると、120屬凌綸弔必要になるという。この土地には最初は3人が暮らすので自給自足をするとすれば最低360屬必要となる。

                 私自身、現在は都心に住み、その利便性を享受しているが、もともと都会に対する憧れも依存もあるわけではない。電話を引けばインターネットはADSLが通じるらしい。携帯がつながらないような山奥で何か問題があるかと考えてみたがこれといって思い浮かばない。冗談交じりに叔父が「あの辺空いてるからログハウスでも建てていいよ」と言ってくれた。もともとどこで何をしていても生きてけると思っているので「それもいいな〜」と思っている自分がいる。自給自足がどこまで可能なのかまだまだ想像もつかないが、私も時間を見て手伝いに行きたいと思っている。もしかしたらそのまま居着いてしまうのも可能性もあるかもしれない。

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                「省エネ」から「脱エネ」へ 〜快適性という慣習が身体を退化させる

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                   エネルギーが枯渇する時代はそう遠い話ではない。ライフラインが止まった時点で現代都市は完全にその機能を停止してしまい、依存度が高ければ高いほど非常時に受けるダメージも大きい。現在のような中途半端なキャッチフレーズに終始する「省エネ」を通り越し「脱エネ」の時代は確実にやってくる。代替エネルギーを賢明に探しているが、バイオエタノールにしても結局は食糧事情を圧迫し解決にはなっていない。効率的ながら危険が伴う二酸化炭素を出さないエネルギー生産が可能な原子力発電の正当化も、現在のエネルギー利用を前提としており、今の生活を変えるという発想はそこにはない。国の政策としても、現在の生活レベルを落とすようなことは自身の政治生命をなくしかねない。よってアメリカのように30年ぶりに原子力発電を再開するような決定が下される。こうした事態も結局は我々の見識が反映されていることを忘れてはならない。

                   ちなみに日本の電力事情からいえば、電力会社が積極的に売り込んでいるエコキュートなどの商品も、原子力発電による電気を売るために作られたとも言われている。原子力発電は一度動き始めると止めることは難しい。電力消費が落ち込む夜間でも動き続けなくてはならないのだが、電力は貯めておくことが難しい。この余った夜間の電力を使わせるためにエコキュートは開発され、売りこみのキャッチフレーズは30%の省エネ効率が期待できるという消費者のメリットが強調されるが、実はそうした電力会社側のメリットが裏には隠されているという。

                   さらには人口減少に悩む先進国をよそに、地球の人口自体は増え続けている。このままの推移でいけば2050年には120億人になるといわれ、地球上の人口の適切な量と言われている約30億人の4倍となる。食料も人間から見ればエネルギー資源だ。現在ですら世界の4分の1の人々は明日の食糧を確保出来ないで生活をしているという。(*引用元)さらに穀物中心の生活から食肉生活に変わったことにより、日本人の体格はよくなったが、生活習慣病なども増加し、さらには穀物消費も格段に上昇している。牛や豚の肉を生産するためには肉1kgあたり6〜7倍の穀物が必要だという(*引用元)こうした現状に楽観的にはいられない。我々の生きている間は何とかなるかもしれない。しかし、それでいいのだろうか?自分のものではない未来に無責任になることは私にはできない。

                   些細なことだが今年も全く冷房を使わずに夏が終わろうとしている。

                   人間は太古の昔からいくつもの氷河期を乗り越えてきている。寒さにも暑さにも耐えられないほど弱くはできていない。実際に50年前はエアコンなどなかったのだ。もともと人間が持っている体温調節機能を空調によって肩代わりしてしまうと、汗腺が退化し体温調節ができなくなり、機能しなくなってしまう。汗腺の温度調節は5℃が限界であり、35℃近い屋外から30℃の室内に入るだけでも汗腺にとっては調節可能なぎりぎりの温度差なのだ。そもそも夏場の空調設定温度28℃、冬場は20℃というのも、外気温が一定ではないのに、内部は一定にしようと考えるのが不自然なのかもしれない。単純に気温だけの対応能力を考えれば「夏の設定温度=外気温−5℃」「冬の設定温度=外気温+5℃」として、あとは服装で調節するのが理想的ではないだろうか。ちなみに二酸化炭素の削減量から見ると
                  冷暖房兼用エアコン1台あたりでは、暖房の設定温度を下げるほうが、冷房の設定温度をあげるよりも数倍の削減効果があるといえます。*引用元

                   通常、人が汗をかくときは「全身汗」(全身で汗をかく)なのだが、空調によって気温が調節された環境では体温調節のために汗をかかずに汗腺が退化してしまい、「部分汗」(汗をかく部分とかかない部分ができてしまう)になってしまう。さらに汗腺には再吸収機能があり、身体に必要なミネラル分などを血液に戻す機能があるのだが、「部分汗」の人は汗腺が退化してしまっているので、ミネラル分 アンモニア分などを再吸収できずに汗と共に出してしまう。そしてこれは体臭の元になってしまうと共に、体温調節がしにくくなれば夏ばてしやすい体質となってしまう。夏場の体臭も夏ばても、これも過度のエアコン利用による身体の適応能力の退化が原因のひとつなのだ。

                   私は現在、自宅で仕事をしているのだが、エアコンなしの生活をしていても全く夏ばてすることはない。かえってエアコンが効いたオフィスで仕事をしていたときの方が夏ばてをしていた。涼しい甚兵衛を着て水分をこまめに補給し、タオル片手に汗をかきながらの生活も慣れてしまえばまったく問題ないが、この状態を知らずにうちに遊びに来た友達は「涼しくなってからまた来る」と言って帰っていった(笑)もちろん、エアコンなしでの生活にクールビズをはじめとする涼しい服装、季節の食べ物の摂取・水分調節、日差しの遮断、風通し、打ち水など衣食住の調節が必要なことは言うまでもない。例えば洗濯物をバルコニーに干すだけでも洗濯物の水分が気化することによって気温が下がる。自然に逆らうのではなく、自然に身を任せて生活する。これは地域に根ざした昔ながらの知恵だったはずだ。

                   実は着物もこうした昔ながらの知恵をうまく使っている。着物は上半身の汗をかきにくい衣服である。実際、着物を着ているうちは上半身にあまり汗をかかないというが、帯を取り、着物を脱ぐとどっと上半身の汗がでるという。帯の位置に汗を抑えるツボがあるとも言われるが、科学的には“皮膚圧反射”と呼ばれる効果で説明される。これは体の一部が圧迫されると、その部分の汗が蒸発しにくくなるので発汗量が減り、体全体のバランスを取るためにその他の場所で多く汗をかくようになるというものだ。これは“部分汗”とは違い、汗腺は退化していない。着物は帯で脇を締め付けることにより、上半身の発汗を抑える。その分バランスを取って下半身の発汗が増えるのだが、下半身は上半身よりも開放されているので発汗には適している。舞妓さんが真夏に着物を着ていても白粉が落ちることなくいられるのもこの“皮膚圧反射”による効果が大きい。形態は違うが、もしかしたらブラジャーがこれだけ一般的になってきたのも胸の整形ともにこの“皮膚圧反射”を見込んで化粧を汗により落とさないために発展してきたのかもしれない。

                   まったく冷房を使わないといったが、例外もある。仕事で営業の人が来てくれるときは、暑ければ少し冷房をつけて待っている。さもなければ二度と来てくれないかもしれないかもしれない(笑)そう考えると客商売の百貨店やレストランの気持ちもよくわかる。国の政策が国民にリップサービス的なのも同様だ。しかしこれを変えていくためには、我々が意識を変えなくてはいけない。お店に入って「あ〜涼しい涼しい」などといっているうちはまだまだ修行がたりないと反省してしまう残暑である。
                                          (追記07.09.03)
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                  富士登山で考える 〜日本人の心のよりどころとしての富士山

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                     太古の昔より、信仰の対象としての富士山は「かみ」の宿る聖地と考えられていた。
                    ■ 雲から顔を出した富士山

                     深夜2:00 枕ひとつ分しか幅がない雑魚寝状態で押し込まれた山小屋の寝床をはい出し、真夏の流星群の見える空の下、山頂へ向かう。山小屋のある8.5合目はすでに標高3000mを越え、高山病に苦しんでいる人もいる。登山道はすでに人で溢れていて、なかなか前に進んでくれない。富士山の登山シーズンは短く、毎年7月1日の山開きから8月26日の山じまいまでである。この時期に20万人が登ると言うからその混雑具合は半端なものではない。外国人登山者も多く、3割ほどいるらしい。そしてこの登山者数は世界一だというが、江戸時代後期の1800年(寛政12)まで富士山は女人禁制であったらしい。

                    ■ ご来光を望むための深夜の大行列

                     頂上はまだまだ遠い。真夏にもかかわらず体感気温は零度程度だろうか。風が吹けば寒さはスキー場並だが、それと知らずに来たハーフパンツ姿の若者が寒さに震えている。ヘッドライトをつけた蛇行する登山者の行列を見ていると、「風の谷のナウシカ」に出てくるオームの進行を思い出す。神秘的な風景はメッカ巡礼ならぬ富士巡礼。そういってもいいのかもしれない。

                     富士山は最終氷河期が終了したあとに大規模な噴火を繰り返したため、高山植物などの生態系が破壊されており、山道に植物は極端に少ない。遠目から見る富士の雄大さを登山者は感じることができないので、ひたすら瓦礫の道を登っていく感覚だ。昔は登山は修行のひとつだったのかもしれない。しかし振り返れば雲の下に樹海や富士五湖、そして富士山自体が影となった「影富士」が大きく横たわり、その景色に飽きることはない。

                    ■ 影富士

                     高校時代、真冬の晴天時には自転車での通学路の真正面に富士山が見えた。この美しい山は今でも頭に残っている。そして今までは見る対象として存在していた富士山に今まさに、登っている。そしてゆっくりと、そして確実に太陽も昇っている。

                    ■ 富士山頂上付近からのご来光
                     『本朝世紀』によると1149年(久安5)に末代(まつだい、富士上人)が山頂に一切経を埋納したと伝えられている。いまも富士山頂出土と伝えられる埋納経が浅間神社に伝わっている。 富士山頂には富士山本宮浅間大社の奥宮があり、富士山の神を祭る。そのため、富士山の8合目より上の部分は、登山道、富士山測候所を除き、浅間大社の境内である。*引用元 

                    ■ 富士山の神を祭る、富士山本宮浅間大社奥宮

                     江戸時代には富士山への登拜が庶民にも広く行われるようになり、富士信仰を強めていった。各地に残る富士塚は富士信仰の名残である。現代の日本人にとっての富士山は信仰の対象とは思っていなくても、心のよりどころであり、世界に誇ることのできる存在として我々の中に根付いている。

                     富士山や伊勢神宮など多くの遺跡や寺社仏閣は、パワースポットに建てられているという。これは日本だけではなく、世界中で世界遺産があるようなところはだいたいがパワースポットらしい。古代インド哲学では「プラーナ」、中国に発する風水では「気」、ハワイでは「マナ」、日本でも「気」や「レイキ(霊気)」と言われる力が噴出する場をパワースポットというが、気功をやっている人などはこうした気を敏感に感じることができるらしい。美に対する意識を拡大してゆくと、パワーを感じやすくなるとも言われる。私も伊勢に行ったとき、背筋がぞくっとするような感覚を持ち、今回同じような経験を富士山でも持った。共に、荘厳さや美を感じたときに感じた事を考えると、この感覚は神聖なるものへの畏敬なのか、場所的な力への触手なのかわからない。しかし、今はまだ科学では証明しきれないだろう何かを人間は確かに感じることができる。現代都市において、身体で感じなくても生活していくことのできる我々はこうした能力が衰退してしまっているが、昔の人々はもっと敏感だったという。そして人の持つオーラ的なものも普通に感じることができたらしい。そうした人たちが見た富士山、そして登った富士山は確実に我々の富士山とは違って見えただろう。

                    ■ 富士山頂上にある富士山本宮浅間大社奥宮の鳥居

                     スピリチュアルブームの背景も、こうした感覚の復権から来ている。実際、今年富士山に登ったという話をあちこちで聞いたという友人が何人もいる。昨年まではこれほど登ったという話は聞かなかった。これも時代の流れなのだろうか。近代社会が否定してきたものをもう一度我々自身が振り返って検証してみる時期ということかもしれない。江戸時代、富士山の噴火で降灰した江戸の風景を思い浮かべながら信仰の対象としての富士山の長い一本道を下山した。人間社会もこれからは下り坂が続くかもしれない。しかしそれは今まで目指してきたものから見れば下り坂に見えるだけだ。登った坂は帰るときには下る。みんなで楽しく下って帰ろうではないか!!
                                        (追記:07.09.03)
                    CULTURE | permalink | comments(4) | - | -

                    “媚び”と“恥じらい” 〜日本人の美意識はどこへむかうのか?

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                       過熱気味のミスユニバース報道もそろそろ一段落してきたが、メディアの報道、ネットでの書き込みからみる視聴者の理解には、このコンテストの現実との大きな隔離があるように思えてならない。そのうちの一つはミスユニバースの選考基準についての理解である。いまだにミスコンというと、外見的な美しさだけというイメージが先行し、実際の選考基準とは違ったところで、美的な要素だけがクローズアップされてしまっている。コンテストの表に出てくる部分はルックス的な部分がほとんどであり、間違った理解とは言えないが、実はルックスとともにコンテストの審査には人間性も大きな割合を占めているという。 
                       広報担当のエスセール・スワンさんによると、水着審査で健康的な肉体、ドレス審査で着こなしと表現力、面接で内面の美しさが審査される。「(全世界の女性が)手本とすべき女性」を探しており、審査基準は55年間変わっていないという。
                       ミス・ユニバースの特徴の一つは普段の生活態度、特に人との接し方が観察されていることにある。審査会は1日だけだが、各国の代表はほぼ1カ月前に開催 国に入る。今年の場合、77人の美女たちは5月2日にメキシコに結集し、審査会当日の28日まで各地で現地住民と交流したり、HIV(エイズ・ウイルス) 撲滅のチャリティー・オークションに参加した。初対面の人ともうまくコミュニケーションできるか、疲れた時でも積極的でいられるか、が試されているという のだ。・・・ 世界一の美女に選ばれるには、スタイルや表情の美しさに加え、考えを主張する積極性や他人と友好関係を作る能力なども求められるようだ。【引用元リンク】

                       本来“美”は時代や文化に依存し絶対的なものではないので、 “美”をインターナショナルに審査するこうしたコンテストは必ずしも理にかなったものではない。商業的なイベント性が押し出され、ミス・ユニバースの他にもミス・ワールド、ミス・インターナショナルといった同様のイベントも、それぞれの主催国の好みに寄った人が選ばれているという批判もある。

                        ミス・ユニバース=アメリカがスポンサー=アメリカ人好み
                        ミス・ワールド=ヨーロッパがスポンサー=ヨーロッパ人好み
                        ミス・インターナショナル=日本がスポンサー=日本人好み


                       しかしこうした選考基準と実際に受賞した彼女たちの立ち振る舞いから読み取れるのは「(全世界の女性が)手本とすべき女性」が、日本でもてはやされている理想の女性像とかなりかけ離れているのではないかということだ。一昔前は“恥じらい”が日本女性の一つの特徴として言われてきたが、時代の変化とともに“恥じらい”という美意識は次第に変化してきた。否定する人もかなりいるだろうが、その一つのキーワードが“媚び”なのではないかと思っている。
                      媚びる(こびる)
                      (1)気に入られるように振る舞う。相手の機嫌をとる。へつらう。
                      「上役に―・びる」「権力に―・びる」
                      (2)女が男の気をひくために、なまめかしい態度をとる。

                      媚び諂う(こびへつらう)
                      お世辞を言ったり機嫌をとったりして、相手に気に入られるように振る舞う。追従(ついしよう)する。
                      「上司には―・い、部下には威張り散らす」 
                                       【三省堂 国語辞典】より

                       たとえば雑誌やTVで引っ張りだこのエビちゃんを嫌いだという男性は、その理由を“媚び”だという。おそらく自称エビちゃんOL達にはそうした意識はないのだろう。あったとしてもそれを肯定的に見ているはずである。そうでなければ“小悪魔”や“モテ〜”などという言葉がこれだけもてはやされることはない。さらに一昔前は“ぶりっこ”と言われていた行為が、今は“カワイイ”行為になったりしている不思議は時代の変化の綾としか言いようがないが男性諸君はどう思っているのだろう?自称エビちゃんOL達は否定するかもしれないが、“媚び”や“ぶりっこ”が一般化してしまうのも、美意識の変化と言ったらそれまでだ。しかし、それをもてはやすメディアと男性の美意識の反映であることは確かである。
                       “恥じらい”は日本の美意識と言われてきたが、“恥じらい”=自尊心の欠如では決してない。
                      自尊心:自分の人格を大切にする気持ち。また、自分の思想や言動などに自信をもち、他からの干渉を排除する態度。プライド。
                                           【大辞泉】より

                       しかし“媚び” は自尊心の隠蔽であり、欠如した状態だ。私にはこれを美意識というのにはかなりの抵抗がある。実際のエビちゃんはかなりさっぱりした男っぽい性格であり、メディア上の姿は演じられたエビちゃん像であるという話を聞くとよけい複雑な気分になってしまう。

                       話をミス・ユニバースに戻そう。世界中から集まった彼女たちを堂々とインタビューに答え、積極的にコミュニケーションを取ろうとする人間性も豊かな美しい人物だとしよう。そして彼女たちの姿が「(全世界の女性が)手本とすべき女性」だとしよう。少なくとも彼女たちの中に、“媚び”や“ぶりっこ”といった美意識は見ることができない。だとすると、現在もてはやされている日本女性の美意識はローカルな美意識であり、ミス・ユニバースの理想とするグローバルスタンダードとは一線を画している。

                       すべての日本女性が“媚び”を正当化しているわけではないし、これはメディアが作り上げた一つの美意識にすぎないが、これが多くの人々に受け入れられているのは事実である。これが我々が目指すべき方向性なのか、そして“カワイイ”がそのまま海外でも使われるようになったように、日本独自の文化として世界へと発展していくのか?それともミス・ユニバースの美意識を日本女性も踏襲していくのか。今後の日本女性、さらには日本男性の美意識に注目である。

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