こころとからだの建築家BLOG

住まいの統合医療で50兆円にせまる医療介護費を半減させる!!
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『総合医療における”建築と住まい”の 役割』 @第13回 日本催眠応用医学会学術セミナー

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    6/10 日本催眠応用医学会の学術セミナーにゲストスピーカーとして呼んでいただきました。

    『総合医療における”建築と住まい”の役割』をテーマに、あらゆる文化の根底にある宇宙観(Kosmology)をベースに、太古の昔から建築が担ってきた役割を統合医療的視点で見直すことで、年間40兆円に迫る医療費を半減する道を探ります。ご興味ある方は是非いらしてください。

    日本催眠応用医学会 http://nihonsaimin.web.fc2.com/



    期 日  2012年6月10日(日)10:00〜17:30
    会 場  タワーホール船堀 4階研修室
          東京都江戸川区船堀4-1-1 (都営新宿線 船堀駅徒歩1分)

    プログラム
    10:00〜10:10   
    はじめに   理事長  齋藤道雄

    10:10〜11:10     
    『催眠療法の為の生理学7 ”自律神経と内分泌”』
    日本催眠応用医学会会長  石塚龍夫

    11:20〜12:20     
    『第8回 交流分析(TA)入門講座―ドライバー』
    ”あなたを駆り立てているドライバーとは?”
    実践交流分析講師 田中通祐

    12:30〜13:00    
    『総合医療における”建築と住まい”の役割』
    こころとからだの建築家 大野純平

    14:20〜14:50     
    『催眠技法 その4 ”抑うつ改善の為の催眠療法2”』
    日本催眠心理研究所所長 当会副会長 米倉一哉

    15:00〜16:00
    『幸せに生きる〜内観の実践〜』
    青山学院大学法学部教授 石井 光

    16:10〜16:40    
     『マジックで拡がる心の和』
    マジック愛好家 大多和國男

    16:50〜17:20    
     『心とカラダのパントマイム』
    パントマイマー 角田 崇

    17:20〜17:30     
    閉 会

    受講料: 正会員 3,000円  一般会員 5,000円  非会員 7,000円
    懇親会: 別途要  5,000円(会場:2階 蓬莱)

    問合せ・申込みは下記までご連絡下さい。

    〒132-0084 東京都江戸川区東葛西4-12-15
    TEL :080-3595-3272  FAX :03-3869-0494(事務局 矢島) 
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    2/12(金)「こころとからだの建築家セミナー」開催 風水篇

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       毎回大好評のモーニングアカデミアでのセミナーも今回で5回目を迎えます。当初5回シリーズで始めたセミナーも好評につきこのまま継続となり、さらに別の場所でも開催が決定しました。

      今回のテーマは、
      『飛来する風邪!!』
      〜カラダが反応する本物の風水環境学〜

      です。
      よく聞く風水ですが本来の伝統的な風水を知っている人はほとんどいません。風水とは「自然と人間がハーモニーを生み出し、自然の恩恵を実現する技術。」です。この機会に本物の風水を垣間見て下さい。
      乞うご期待です!!


      ■感覚体験型セミナー■
      快適空間究明隊 五行レンジャー


      第五回 2月12日(金)朝7:15−8:00
      『飛来する風邪!!』〜カラダが反応する本物の風水環境学〜


      場所:アットジビネスセンター池袋駅前
         東京都豊島区東池袋1‐3‐5 伊藤ビル10F
        (1FはHSBC銀行)池袋駅34番出口を出て目の前です。

      ■予約の必要はございませんので直接会場へお越し下さい。

      ■お一人様1回のみ、無料体験ができます。
       「モーニングアカデミア 参加および入会申込書」をご記入いただきます。2回目からは2100円/回となります。

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      詳細は下記をご覧下さい。
      「モーニング・アカデミアとは?」
      「入会のご案内」
      INFO | permalink | comments(0) | - | -

      12/11(金)モーニング・アカデミアに講師として登場!!

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        毎回大好評のモーニングアカデミアでのセミナーも今回で3回目を迎えます。住まいのあり方、考え方を根本から問い直す内容は、建築関係者にとどまらず、一般の受講者にもわかりやすいと好評を頂いています。
        毎回告知が直前ですみません・・前回は告知も忘れていました(笑)

        今回のテーマは、
        『恐怖のジオパシックストレス!!』
        〜土地の地場がカラダに影響する?〜

        です。
        地球磁場の影響や、ゼロ磁場、イヤシロチ、パワースポット、聖地など、場所にまつわる様々な事例を挙げながら、大地やそれにまつわるエネルギーを読み解きます。さらには、その人にあったパワースポットをみつけるプチ情報も満載!!乞うご期待です!!

        朝早くて参加できない・・というあなたに朗報です!!
        新たに別の会場にて夜の部、もしくは週末の昼の部を数回シリーズで開催することとなりました。詳細は追ってお知らせします!!希望の時間帯等ありましたらコメント頂けると幸いです。


        ■感覚体験型セミナー■
        快適空間究明隊 五行レンジャー


        第三回 12月11日(金)朝7:15−8:00
        『恐怖のジオパシックストレス!!』〜土地の地場がカラダに影響する?〜


        場所:アットジビネスセンター池袋駅前
           東京都豊島区東池袋1‐3‐5 伊藤ビル10F
          (1FはHSBC銀行)池袋駅34番出口を出て目の前です。

        ■予約の必要はございませんので直接会場へお越し下さい。

        ■お一人様1回のみ、無料体験ができます。
         「モーニングアカデミア 参加および入会申込書」をご記入いただきます。2回目からは2100円/回となります。


        次回以降のテーマ(予定)各月とも第二金曜日を予定しています。
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        第四回  1月8日(2010年) 『救世主Oーリング登場』
              〜カラダは全て知っている。O-リングの不思議〜

        第五回  2月12日(2010年)『飛来するフウジャ』
              〜カラダが反応する本当の風水環境学〜


        詳細は下記をご覧下さい。
        「モーニング・アカデミアとは?」
        「入会のご案内」
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        10/9(金)モーニング・アカデミアに講師として登場!!

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          好評を博した前回の予告編に続き、来週またまたモーニングアカデミアに登場します!!

          今回のテーマは、
          『怪埃ホルムアルデヒド!!』〜素材がカラダに与える影響
          です。本来住宅は人がエネルギーを補給する場であるべきですが、現在のほとんどの住宅は逆に人に悪影響を与えています。35年ほど前、世界的に校内暴力が横行し「シック・スクール」という言葉ができました。ガラスやコンクリートなどの無機質素材がこども達の攻撃性や暴力性を高めると真剣な議論がおこなわれたのです。そして『コンクリート住宅は9年早死にする』というような研究結果も出ているのですがなぜだか大々的には話題になっていません。こうした状況を捉え、素材とカラダの関係をもう一度捉えなおす必要があります。今回の講義では、実際に素材がカラダにどういう影響を与えるのか体感しながら、人と空間と素材のあるべき姿を探っていきます。そして毒が毒ではなくなる、全く新しい技術の紹介もしていこうと思っていますので、自分の周りの空間を考え直すきっかけになればと思っています!!



          ■感覚体験型セミナー■
          快適空間究明隊 五行レンジャー


          第一回 10月9日(金)朝7:15−8:00
              『怪埃ホルムアルデヒド!!』〜素材がカラダに与える影響


          場所:アットジビネスセンター池袋駅前
             東京都豊島区東池袋1‐3‐5 伊藤ビル10F
            (1FはHSBC銀行)池袋駅34番出口を出て目の前です。

          ■予約の必要はございませんので直接会場へお越し下さい。

          ■お一人様1回のみ、無料体験ができます。
           「モーニングアカデミア 参加および入会申込書」をご記入いただきます。2回目からは2100円/回となります。



          次回以降のテーマ(予定)各月とも第二金曜日を予定しています。
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          第二回 11月 『IH星人の光線』
                〜電磁波障害と、色、光による治療〜

          第三回 12月 『恐怖のジオパシックストレス』
                〜土地の地場がカラダに影響する?〜

          第四回  1月(2010年) 『救世主Oーリング登場』
                〜カラダは全て知っている。O-リングの不思議〜

          第五回  2月(2010年)『飛来するフウジャ』
                〜カラダが反応する本当の風水環境学〜


          詳細は下記をご覧下さい。
          「モーニング・アカデミアとは?」
          「入会のご案内」
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          9/11モーニング・アカデミアで講師をします!!

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            またしても半年ぶりのブログ更新です(笑)書きたいことは盛りだくさん。でも書けないことも盛りだくさん(笑)それだけ変化の大きい、たぶん今まで生きてきた中でも最大の変化の時期だと思っています。

            そんな大きな変化の中、セミナーの講師を5回シリーズですることになりました。テーマは「人と空間とエネルギー」目に見えないエネルギーをどう捉えるのか?目に見えないエネルギー(氣)が人と空間にどんな影響を与えるのか?こうしたテーマを正面から切って捉える画期的な内容になっています。


            例えば《化学繊維の衣服》と《オーガニックコットン、草木染の衣服》を着た時の違いを皆さんどう感じていますでしょうか?


            《教会》や《寺社仏閣》に入った時に荘厳な雰囲気や、清々しい空気を感じるのはなぜでしょうか?


            あなたにとって《居心地のいい場所》はどういう場所ですか?


            《色》はあなたをどんな気分にしますか?


            こうした疑問を元に、人間が本来もっているポテンシャルを最大限に引き出す空間作りをするにはどういう考え方が必要なのか?そしてポテンシャルを最大限に活かした先にはどんな変化が起きるのか?心理学や自然療法、風水などの研究を元に、目に見えないエネルギーを実際に体感しながら考えて行く内容となっています。ここまで多岐にわたる分野を統合した内容は世界初だと思っています!!


            今回講師をさせて頂くモーニングアカデミアは朝仕事に行く前の活動の場として9月からスタートしました!!会員制になっていますが、初回のみ無料で参加見学頂けます。朝の気持ちいい空気を吸いながら是非遊びに来て下さい!!(^^)


            ■感覚体験型セミナー■
            快適空間究明隊 五行レンジャー


            予告編 9月11日(金)朝7:30−8:15
                『目に見えないエネルギーを感じてみよう!!』
                  〜5回シリーズの全体像を解説します


            場所:アットジビネスセンター池袋駅前
               東京都豊島区東池袋1‐3‐5 伊藤ビル10F
              (1FはHSBC銀行)池袋駅34番出口を出て目の前です。

            ■予約の必要はございませんので直接会場へお越し下さい。

            ■お一人様1回のみ、無料体験ができます。
            (「モーニングアカデミア 参加および入会申込書」をご記入いただきます。)



            次回以降のテーマ(予定)
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            第一回 10月 『怪埃ホルムアルデヒド襲来』
                  〜天然素材住宅、生体エネルギーの成果〜

            第二回 11月 『IH星人の光線』
                  〜電磁波障害と、色、光による治療〜

            第三回 12月 『恐怖のジオパシックストレス』
                  〜土地の地場がカラダに影響する?〜

            第四回  1月(2010年) 『救世主Oーリング登場』
                  〜カラダは全て知っている。O-リングの不思議〜

            第五回  2月(2010年)『飛来するフウジャ』
                  〜カラダが反応する本当の風水環境学〜


            詳細は下記をご覧下さい。
            「モーニング・アカデミアとは?」
            「入会のご案内」
            「9月のスケジュール」




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            『五反野の白い家』内覧会開催のお知らせ

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              この度、大野純平@アーキテクト・アンド・アソシエイツが小林剛建築設計事務所と共同設計をしました『五反野の白い家』が竣工致します。



              そして今回、お施主様のご厚意により日頃お世話になっている皆様にも《内覧会》として住宅の中まで見て頂くことのできる運びとなりました。

              この住宅は30代前半のお施主様夫妻が都内に3000万円台(土地込)で建てた家です。建坪8坪という限られた大きさではありますが、都内に家を建てる事にリアリティを感じて頂けると共に、将来、家を建てたい方はもちろん、これからの《住まい方》を考えたい方にも参考にして頂けると思っております。

              私も終日現場におりますので、興味のある方は是非遊びに来て下さい。
              お待ちしています!!

              ※詳細は下記、もしくは ホームページをご覧下さい。

              日時 : 2月27日(金)13:00 - 17:00
                  2月28日(土)11:00 - 16:30
              場所 : 東京都足立区足立四丁目 18-22 
                  東武伊勢崎線五反野駅より徒歩5分
              ※当日の連絡先 090-8514-2924 (大野)/090-1401-5237 (小林)

              ■建築概要
              敷地面積  45.35屐13.71坪)
              建築面積  27.19屐 8.22坪)
              延床面積  64.77屐13.71坪)
              構造    木造一部鉄骨造 3階建
              設計・監理 アーキテクト・アンド・アソシエイツ(担当:大野純平)
                    小林剛建築設計事務所(担当:小林剛)
              構造設計  レン構造設計事務所
              施工    ユービーエム株式会社

              ■ 設計者プロフィール(共同設計)
              大野純平(Junpei OHNO)
              ココロとカラダが喜ぶ医服と健築プロデューサー
              1975  東京都生まれ
              2000  明治大学理工学研究科建築学専攻博士前期過程 修了
              2000 - インテリアデザイン事務所、建築設計事務所勤務
              2004 - 一級建築士事務所 アーキテクト・アンド・アソシエイツ 設立

              小林剛(Tsuyoshi KOBAYASHI)
              1973  兵庫県生まれ
              1998  明治大学理工学研究科建築学専攻博士前期過程 修了
              1998 - 建築関連メーカー勤務 / 建築設計事務所勤務
              2004 - 株式会社コムデザイン
              2007 - 一級建築士事務所 小林剛建築設計事務所 設立
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              21世紀はどんな時代だろうか?2〜『生物としての人間の本質』を求めて

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                 前回の更新から2ヶ月弱。すぐ書くつもりでいた第二部がなかなか書けずにいた。第一部を書いた時は第二部を「生活文化の再構築」とすべく内容を書きためていたのだが、いざ第二部の構成を練り始めるとこのテーマの中では話が納まり切らなくなっていった。

                 「生活文化の再構築」で書こうとしていた内容は、日常生活の中で本来は必要がなかったり、単に習慣的に使っているものが多くあるという指摘だった。たとえば一例だけ挙げると【食器用洗剤】がある。私も習慣的に使っていたのだが、今は油をあまり使わなくなったのもあり、食器用洗剤は全く使わなくなった。多少の油でも熱いお湯と亀の子たわしで十分に落ちる。そもそも全ての汚れを新品のように落としきる必要があるのか?という疑問もあるのだが、ここにはエコロジーやエネルギー資源の節約といった発想はない。そこにあるのは「そもそも生活においてそれが本当に必要なのか?」というしごく根本的な問いである。これは一つの例えではあるが習慣に支配されて本質を見失っているものは生活の中にたくさんある。そしてこうした状況を再考する事が『ニュートラル』に戻るための一つの考え方ではあると今も思っている。しかし突き詰めて考えていくと、さらにもう一歩踏み出すことが必要だと思うようになった。

                 そこでこの第二弾ではさらに『ニュートラル』をさらに掘り下げて話を進めていきたい。
                『われわれは余りにも知りすぎている。
                             そして余りにも感じなさすぎる。』
                                 バートランド・ラッセル
                 この言葉はほとんど全ての感覚を視覚に依存してしまっている現代人には示唆的だ。野生の動物は生きていくために食べ物のある場所を探し、獲物を求めて山野を巡る。こうした環境で必要になってくるのは食べ物を見つけ出す感覚と知恵、それに身体能力であり感覚が鋭くなければ生き残ることはできない。片や外敵や自然の脅威をコントロールしながら《安心・安全な居場所》を目指して人間が作り上げてきた《現代都市》は、もはや何も感じることがなくても生きていくことができる位にまで発展してきている。むしろこの社会で生き残っていくためには「鈍感な程いい」というねじ曲げられた状況すら呈している。果たしてこれが我々の目指すべき姿なのだろうか?そしてこれが本当に“進化”といえるのだろうか?

                 先日、あるお寺の住職に貴重な話を聞くことができた。それは世界三大荒行(日蓮宗の大荒行・インドのヨガ・天台宗の廻峰行)のひとつ、日蓮宗の大荒行に住職が行かれた時の話である。この荒行は11月1日から翌2月10日までの真冬の100日間に渡って行われる過酷な修行である。通常、荒行についての話をするのは御法度らしいのだが、このままでは文化が継承されなくなってしまうのを危惧した住職はもっとオープンにするべきだと考えて話す機会を設けてくれた。
                日蓮宗の大荒行
                起床は午前2時半。1日7回寒水に身を清める水行(3時、6時、9時、12時、15時、18時、23時)を行い、食事は1日2回(朝5時夕5時)梅干し一個と白粥をすすり、あとはひたすら読経と写経に明け暮れる。真冬の寒さの中、睡眠時間もほとんどなく、食事も満足に取らず、まさに身体的に極限状態まで持って行くため過去には衰弱死することもあったという。 (参考HP
                 こうした荒行の中で住職は「自分の身体感覚がどんどん研ぎ澄まされていく」のを感じたという。例えば食べ物について。満足に食事を取っている状態ではほとんど感じることのできない食べ物の温度感覚が、半飢餓状態で身体感覚が研ぎ澄まされることによって蘇ってくるという。芋を食べれば体温が上がり、キュウリを食べれば体温が下がるのがわかるようになるという。これは季節のものを食べることが理に適っていると身をもって感じていることになる。さらに光の入らないお堂内での修行で、戸を開けた時の光に対する感覚や方角に対する感覚も研ぎ澄まされるという。色にたいしてもほぼモノトーンの景色しかない修行中から都会の色の洪水に戻ると、溢れる色に酔ってしまうという。色の洪水に慣れて鈍感になってしまっている我々には感じることができないが、極限状態で身体感覚が敏感になっていると色の持つ微細なエネルギーを敏感にキャッチしてしまうのだろう。こうした極限状態の感覚は動物の持つ感覚や、狩猟採集時代に人間が持っていた感覚と近いと思っている。しかしこうした《研ぎ澄まされた身体感覚》も、荒行を終えて日常生活に戻るとだんだんと元の感覚に戻ってしまうという。我々は近代化の流れの中で、安心安全な都市生活を手に入れることができた。しかしそのかわりに荒行で住職が身をもって感じたような《研ぎ澄まされた身体感覚》を完全に失ってしまっている。荒行という極端な例ではあるが、特殊な環境下において《研ぎ澄まされた身体感覚》を体現することが僧侶の格を上げるように、我々も失ってしまった身体感覚をもう一度取り戻すことが必要になってくるのではないだろうか。私はこの《研ぎ澄まされた身体感覚》こそが『ニュートラル』時代の一つの核になると感じている。

                 生物としての人間の“進化”は抑圧の下でしか生まれない。なにもかも満たされて満足する状況ではもはや肉体的な“進化”は望むべくもない。むしろ現在の道を維持するとすれば、精神的、頭脳的には進化をすることができても、肉体的にはどんどん退化していくことになる。しかし完全に肉体的な退化を肯定してしまうということは、エネルギーと科学技術に依存した感覚を鈍化させる現在の道をそのまま進むと言うことになる。それではこの議論も全く意味がない。『ニュートラル』とはなにか?と問われれば我々の『肉体と精神の内側に耳を傾け、生物としての人間の本質』を見極めることだと思う。そのためには内なるアンテナを研ぎ澄まし、自らの変化や感覚を読み取らなくてはならない。脳科学や計測機器の発達と共に科学的に感覚を理解できるものも出てきてはいるが、まだまだ我々の感知能力の方が桁違いに優れている。そして一般論ではあるが、理屈で考える男性よりも女性の方がこうした感覚を大事にしている。ヨガやアロマ、ダンスや音楽、ヒーリング、マッサージ、マクロビオティックなど、特に女性に支持されているものの多くは感覚的な要素が強い。これからの時代に必要なのは理屈では説明のできない《感覚的なものをそのまま受け入れられる感性》だと思っている。

                 「もう男はだめだ。
                    20世紀は男性が頑張りすぎた時代だから、
                       21世紀は女性に頑張ってもらいましょう」

                 これは私が尊敬するデザイン・実業界の大先輩2人(男性)の言葉である。単なる世代交代を意味しているわけではない。第一線で活躍されてきた大先輩が自らの世代を自己否定できる勇気に敬服するとともに、人生の大先輩が感じていることに共感し、次第に私の中の小さな芽生えが確信に変わっていった。いろいろ調べてみると、こうした流れはすでに1970年代から確実に始まっている。いや、もっと昔から確実にあるのだが、時代の流れの中でメインストリームに隠れていただけなのだ。より感覚的なものを大事にすべき時代がもう足下にまで来ている。もしかしたら《産業革命》や《情報革命》よりも大きな時代の流れが来るかもしれない。自らの感覚を研ぎ澄まし、身の回りにあるものや生活全体、さらには生き方や社会全体を再構築すること。これこそが22世紀に向けての我々の責務ではないかと思っている。

                                 (2008.11.05加筆・修整)
                CULTURE | permalink | comments(1) | - | -

                21世紀はどんな時代か? .ーワードは『Neutralニュートラル』

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                   子供の頃、漫画の世界に夢見ていた21世紀という“明るい未来”も実際に10年近く経ってみれば現実となって淡々と過ぎていく日々の積み重ねである。この淡々と積み重なっていく『21世紀はどんな時代か?』と問われたらどんな答えが出てくるだろうか? そして22世紀はどんな時代になるのだろうか?

                   私は21世紀のキーワードは『Neutral ニュートラル』、すなわちあらゆるものを『ニュートラルな位置に戻す時代』だと確信している。しかしはたしてニュートラルな位置とはどこなのか?そんな位置は存在するのか?答えのない禅問答になることを覚悟で問い続けてみようと思う。

                   人間はここ数十年いろいろな意味で“無理”や“無駄”をしてきた。環境問題やエネルギー問題、食糧問題を無意味に煽るような事は好きではないのだが、これらの問題は人間のここ数十年の“無理”と“無駄”が引き起こした事態であることは確かである。

                   日本におけるエネルギー消費はここ50年で10倍になっている。石川英輔の『江戸と現代 0と10万キロカロリーの世界』では書名の通り、江戸時代のエネルギー消費量が0だったのに対して、現代は10万キロカロリーを消費している事実から両時代を比較し、我々は10万倍幸せになったのだろうか?と問う。
                  0 キロカロリーの江戸時代
                  1万キロカロリーの昭和30年(1955年)
                  5万キロカロリーの昭和45年(1970年)
                  10万キロカロリーの現代
                              (化石燃料ベースの数字)
                     石川英輔『江戸と現代 0と10万キロカロリーの世界』より
                   文明が発展し、豊かな現代生活を享受している我々に豊かさを否定できる権利はない。唯一できるのは、ただひたすらに求めてきた豊かさをもう一度見直し、我々人間にとって『ニュートラル』な状態とはなにか?そして『ニュートラル』な位置とはどこなのか?を問い続けることである。

                   ここでいう『ニュートラル』は、『サスティナビリティ(=持続可能性)』とも意味合いが違うものである。『サスティナビリティ』は永続的な発展をベースにしている考え方であり、極論してしまうと環境問題やエネルギー問題がクリアできればさらに発展を目指すというスタンスである。

                   それに対してここでいう『Neutralニュートラル』というのは、持続可能性は最低限のノルマであり、無闇な発展がベースになっているのではない。ベースにあるのは生物としての人間にとって最適な状態、言い換えれば一番“自然な状態”があり得るのだろうか?という大上段に構えた問いである。

                   ここでなぜ『Natureネイチャー』ではなく、『Neutralニュートラル』としたのかを書いておきたい。本来であれば『Neutral Nature』とでも言いたいところなのだが、『Nature自然』とストレートに出してしまうと、「Return to Nature 自然に帰れ」と言うように、単純な“自然回帰思想”になってしまい、だんだんと私の意図から外れていってしまう。基本的に“自然回帰”とは“科学技術”とは相容れないところに存在する。世界人口が数億人程度ならまだ“自然回帰”の可能性はあるかもしれない。“自然回帰”の程度の差こそあれ、現代社会はもはや自然回帰と一言で言ってそれに倣えるような状況ではないのだ。私が考える『Neutralニュートラル』思想に置いては“科学”のチカラは必要になってくる。むしろ最大限に活用しなくてはならない。“科学技術”をどう使うのか?そのための思想を何処に求めるのか?これこそが我々の前に提示されている大きな課題である。

                   そしてもうひとつ、老荘思想に“無為自然”という思想がある。
                  老荘思想の基本的立場を表した語。人為的な行為を排し、宇宙のあり方に従って自然のままであること。   三省堂 国語辞典より
                  “無為自然”も思想的には私の言う『Neutralニュートラル』と近いのだが、江戸時代よりも遙か昔の老荘時代(紀元前3-5世紀)は当然“持続可能”な社会であり、現代のように“持続可能性”について考えなくてはいけない社会が到来することなど想像も付かなかっただろう。そう考えると、思想的には“無為自然”の持つ奥深い意味を持ちながらも、そのまま現代に当てはめる事には無理が生じるので『ニュートラル』という言葉使っているのだが、他にいい言葉があれば是非ご教授願いたい。

                   かなり抽象的な説明になってしまったが、次回はわかりやすく、より生活に根ざした視点から『ニュートラルな位置に戻す時代』を考えてみたい。

                                    (加筆・修正 08.11.01)

                  (21世紀はどんな時代か?◆ 繊慇己としての人間の本質』を求めて へ続く)



                  CULTURE | permalink | comments(0) | - | -

                  『BLANK』から『BREAK』へ 〜“真の教育者”としての有森裕子

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                     前回のブログ更新から早9ヶ月。前回書いた時はまさかこんなに間があくとは思っていなかったのだが、この9ヶ月という時間が私に与えた影響は時計では計ることができない。それだけ密度の濃い時間であり、9ヶ月前とは明らかに違う自分がここにいる。自信を持ってそう言えることが今は何よりも嬉しい。そう思わせてくれた4人の恩人と全ての人に心から感謝します。

                     これだけの間があいてしまうと、「書かなくてもいいや」という“諦め”と「書かなくてはいけない」という“焦り”が交錯してしまい、その交点を「書きたい」という“欲求”に移行させるためには何かのきっかけが必要になってくる。そのきっかけを与えてくれた一人は私のコーチングのコーチであり、もう一人はバルセロナで銀、アトランタで銅とオリンピックのマラソンで2つのメダルを獲得した“有森裕子”さんであった。有森さんの話を聞くことができたのは、尊敬する友人 庄子氏が主宰する『ソーシャルアスリート大学』の開講記念授業のおかげである。この講演から3週間近く経つが、その時の興奮はいまだに冷めていない。そんな素敵な講演をしてくれた彼女にぴったりの言葉がある。
                    The mediocre teacher tells. 凡庸な教師はただしゃべる
                    The good teacher explains.  良い教師は説明する
                    The superior teacher demonstrates. 優れた教師は自ら示す
                    The great teacher inspires. そして偉大な教師は心に火をつける
                         ウィリアム・アーサーワード(19世紀英国教育哲学者)
                     この講演の中で語られたのは、「五輪2大会連続メダリスト有森裕子の成功物語」ではなく、「おちこぼれ有森裕子の努力日記」だった。知識や小手先のテクニックを教えることが教育だとされている中、講演会という短い時間の中で自身の経験や体験を熱く語り、多くの人の興奮を生み出しモチベーションを上げる事のできるスピリットを持つ有森裕子こそ“偉大な教師”であり、“真の教育者”だと実感することができた。こんな素敵な有森さんと『キッズ・スポーツ体験キャンプ』を通じて接する事のできる子供達は心から幸せだと思う。その時は彼女の心意気を理解できなくても、子供達が大人になった時に確実に意味を持ってくるだろう。実際にそうした“偉大な教師”との出会いが「努力の人 有森裕子」を形作っていったことは彼女の実体験が物語っている。

                     そんなエネルギーに満ちた素敵な有森さんの講演の中で、
                    『BLANK(空白)』『BREAK(息抜き)』の違い
                    というエピソードがあった。
                     怪我をしてしばらく練習ができない期間があると日本では「『BLANK』ができちゃったね」といわれたが、外国人選手達には「いい『BREAK』ができたね!!」と言われて、思考の違いを感じたという。
                     『BLANK』ととるか『BREAK』ととるか、この違いは精神的にかなり大きい。これはスポーツに限ったことではなく、仕事でも習い事でもずっと続けていることをしばらく休むと、再開した時にぐっと成長していることがままある。スポーツであれば一時的に体を休めるという効果もあるが、一度その“対象”から距離を取ることにより、“対象”を俯瞰できるようになることで上達することもある。しばらく頭を切り換えて精神的なリフレッシュをすることは脳科学的にも有効で、速読などにおいてもこの効果がかなり活用されている。なによりも、『BLANK』というネガティブイメージとるか『BREAK』ポジティブイメージと取るかで、その時間に対する意識も全く反対の評価となってしまう。このちょっとした意識の差が積み重なればとても大きな結果として表れてくる。

                     この9ヶ月のblog『BLANK』も私にとってとてもいい『BREAK』だったと思えたから気負わずにこうして書くことができている。以前のように3000文字を超えるような文章を毎回書こうと思うと尻すぼみしてしまうのだが、『BREAK』のあとは夏休みらしくラジオ体操から始めることとして、徐々にペースを上げていこうと思う。

                    『BREAK』というとまず最初に思い出すのが
                    Have a break,have a KitKat.』

                    大好きなキットカットにあやかって
                    『Have a break,have a lovely days!!』

                     それではまた9ヶ月後!!(笑)

                                         (08.08.26加筆修整)
                    PEOPLE | permalink | comments(3) | - | -

                    相手を思う “もてなしの心” 〜ホスピタリティとコミュニケーションの相関

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                       お店での店員さんとの会話はとても楽しい。興味があるものはとりあえず話を聞いてみる。基本的な商品知識やコンセプト、オススメはもちろん、知識豊富な店員さんとみるや背景や裏事情、もちろん仕事柄内装についても聞いてみる。本音を言えば街でとってもおしゃれな人、いい鞄を持ってる人とか、かっこいい服を着ている人を見ると話しかけたくなるのだが、残念ながらそうした欲望はいつも抑えなくてはいけない雰囲気がある。特に日本においては・・

                       そんな日本、特に東京では飲食を始めいろいろなお店で店員さんに話しかけると、一緒にいる友達から「よく話しかけるよね」と言われる。私からすると自然な行為であり、逆に知りたいいろいろな情報を持っている店員さんと「なんで話さないの??興味ないの?」といつも思ってしまう。モノに興味がある。食べ物に興味がある、そして人に一番興味がある。だからもっとその人の話を聞きたい。こだわりのある話を聞きたい。同じ場に居合わせた偶然を喜び、一緒に楽しみたい。至極自然な気持ちではないだろうか?しかし、こうした自然な気持ちを抑えなくてはいけない社会がある。その背景にはホスピタリティとコミュニケーションのねじれた関係が見て取れる。

                       たしかに売り手と買い手の間には絶対に外すことのできない一線が存在する。しかし“お客様は神様”と暗黙の上下関係を作ってしまうと、そこに大きな問題をはらむことになる。単純化してしまうと、神は寛容な存在だが、客は神にはなれない自分勝手で我がままな存在なのだ。その違いが実は売り手と買い手の関係をねじれたものとし、ホスピタリティとコミュニケーションのねじれた関係を作りだしている。客商売の理想としての意味は理解できるが、客がそれに便乗すると本末転倒になってしまう。我がままな神はもはや神ではありえない。

                       例えばお笑いにおける“ぼけとつっこみ”はコミュニケーションのわかりやすい形式のひとつである。一昔前の話かもしれないが、関西人は関東では“ぼけ”がスルーされるといって嫌っていた。考えてみれば当たり前の話なのだが、コミュニケーションが成立しない状況は、お店スタッフの「いらっしゃいませ」の挨拶に何も応えない客と同じなのだ。関西人からすれば“ぼけ”も一種のホスピタリティなのだから。

                       近年、コミュニケーション能力の低下があちこちで叫ばれている。実は人間の身体も通常は臓器と臓器、細胞と細胞がお互いコミュニケーションを取り合うことにより生命を維持しているという。そう考えると身体は60兆個(毎日15兆個が再生)の細胞が住む精密で繊細な巨大コミュニティといえよう。しかし例外がそこにはある。ガン細胞がそれだ。ガン細胞はまさに他者とコミュニケートできない細胞なのだ。やっかいな人、コミュニティに入り込めない人を「がん」というが、これは他者とコミュニケートいできないという意味で的確な表現である。そしてそのガンによる死亡率が数十年前に比べ飛躍的に伸びてきており、同様に人のコミュニケーション能力の低下も著しいという同じような状況が見て取れる。この2つを直接的に結びつける事は現段階では無理があると思うかもしれないが、コミュニケーションという視点で見た“生物としての身体”と“コミュニティ”のアナロジカルな関係はとても象徴的な事例である。

                       話はすこしそれるが、以前にスキンシップについて少し書いた。さらに最近はスキンシップによるヒーリング効果にも注目しており、バーバル(言語的)なコミュニケーションだけではなく、スキンシップなどノンバーバル(非言語的)なコミュニケーションの役割を再認識して体系化できないか注目している。西洋医学の限界をこえるための代替医療はもちろんだが、人間の身体を中心として、コミュニティ全体やお互いの関係性の中における人間という存在を医学的に俯瞰するような思考は今後さらに進んでいくだろう。人間の身体は数千年も変わっていないが、まだまだ人間の生物学的な進化が社会の変化に適応しきれていないといえる。これまでの人間の進化という意味ではなく、この部分を補うため、一度ゼロに戻すような方法論が必要だといえよう。

                       ホスピタリティについては店のプライス相応のホスピタリティなのだという人もいるだろう。たしかに入社後教育されたホスピタリティはそれだけコストもかかっているのでプライス相応かもしれない。しかし、一杯500円のラーメン屋でも、700円の定食屋でもホスピタリティとこだわりの溢れる店は存在する。残念ながらコンビニやファーストフード店では客と店員との接点が少ないだけにホスピタリティもコミュニケーションも感じにくい。だからといってホスピタリティがなくてもいいというものでは決してない。コンビニだから、ファーストフード店だからこの程度で仕方ないという消費者の見方はホスピタリティのあり方を低下させるばかりだ。コンビニでもファミレスでも素晴らしいホスピタリティとサービスを気持ちよく受けることができるようになればどんなに素敵な国になるだろうか。実際にそうした場所でスタッフのホスピタリティに感動することもあるのだから。

                       サービスにおけるマナーとホスピタリティは同じではない。マナーは教科書で学ぶ事ができるが、ホスピタリティはそうもいかない。そして基本的にホスピタリティはお金の問題でもスキルの問題でもない。相手の立場に立ってどうしたら喜んでもらえるか考える想像力の問題だ。手前味噌になるが、私も学生時代はチェーンのベーカリーレストランでバイトをしていた。バイトの身ではあるが食事の素敵な時間をお客さまと共有するために、自分でできることはいろいろと工夫してサービスし、お客さまといろいろな話をした。そしてファミレスに毛の生えた程度の店にも関わらず、お客さまにとても喜んで頂き、チップを頂いたことも何度かある。こうしたお客さんは年配の方が多い。楽しみ上手は「店を使うのがうまい」とよくいうが、まさにこうしたサービスを引き出す“店の使い方上手”=コミュニケーション上手だと言えよう。そうした場を作り出そうとする想像力こそホスピタリティの原点である。道具がなくても予算がなくても想像力が在ればできるはずなのだ。

                      「どんどん我が侭を言ってください。
                             どんなオーダーにも応えますよ(^^)」
                                   サルバトーレ・クオモ

                       ナポリピザで名を上げたサルバトーレ・クオモの言葉だ。こうした言葉こそ、料理人いやサービスを提供する人の鏡だと思う。もちろんそこには徹底した料理人としてのこだわりがある。 

                       最近、夏木マリプロデュースの「つるとんたん」がお気に入りだ。なんと680円のきつねうどんでも、うどんを3玉まで増やすことができる。最初から入れてもらってもいいし、お代わりをしてもいい。そして丼ものに付くミニうどんも3玉まで増やせるのだ。そして器が軽く顔が隠れる程大きいというサプライズ。もちろん味も最高。店舗内も細部にわたって気が使われている。流行を追っているわけでも、客に媚びているわけでもない。しかしそこには単価の低いお客様に対しても「満足して帰ってもらう」というサービス業の原点が見て取れる。これで流行らない訳がない。こうした店の場合はホスピタリティに対して“また来る”もしくは“人にも薦める”という形で金銭的な見返りも循環させている。

                       ホスピタリティでよく例に出されるのが日本旅館における女将のもてなしだ。旅館のもてなしは多くの外資系ホテルやサービス従事者も参考にしており、日本が誇るべき無形文化財といえるだろう。例えばアマン・リゾーツ創始者エイドリアン・ゼッカもアマン・リゾーツ創設以前に京都に滞在していた時期があり、その時の日本旅館におけるホスピタリティに影響を受けたというのも有名な話だ。そのアマンが初めて日本にやってくる。いや日本に戻ってくると言ってもいいのかもしれない。2008年京都にオープン予定だそうだ。リゾートホテルの新しい形式を作りだし、一躍世界中のセレブリティ御用達のホテルとなったアマンの原点が日本文化にある。これは日本人として誇るべきことではないか。

                       しかし、いくら店のホスピタリティが優れていても、客のコミュニケーション能力が低くては片手落ちだ。サービスに対する対価を払うだけではなく、サービスを評価し、褒めることによってお互いが気持ちいい関係を築くことができる。文句(クレーム)だけなら子供でも言える。それは友人関係でもお店における対応でも同じはずなのだ。褒められて嬉しくない人はいない。現に「最近褒められていない」などというフレーズをテレビでも友人からも聞く。褒められて嬉しくない人なんていないのに人を褒められないという矛盾は単なるコミュニケーション能力、もしくは想像力の欠如だと思っている。こうしたねじれた関係を、ホスピタリティとコミュニケーション両方を関連づけて再構築していくことによって、人と人がもっと気持ちよく関わることのできるコミュニティが生み出せるはずだ。コミュニケーションにホスピタリティは必須であり、ホスピタリティにもコミュニケーションなしには成立しない。そう、人々のホスピタリティ(hospitality)が人を癒すホスピタル(hospital 病院)となるために。そして21世紀をもっとステキな社会にするために。自戒の念も込めて。

                                           (2007.12.13加筆修整)
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